実はわたし、結婚してます





動き始めた現実





妊娠。

その一言が、わたしの心に突き刺さりました。
まるで何かの終焉のように思えてしまったのは、ずっと恐れていた現実がまさに今、やってきたからでしょうか。

「週末、一緒に病院へ行くからな。あと役所で母子手帳ももらいに行かないといけない。役所って土曜日もやってんのか?」
「え?」

玲斗の言葉にわたしの頭は混乱中ですよ。
ていうか、玲斗の口から母子手帳とかでてきてるところが、これは夢なんじゃないかと思わされますよ。
そうです、これは夢!夢に違いありません!
古典的ですが、ほっぺをつねってみます。

「いたっ!」
「千穂・・・なにやってんだよ」
「何ってこれは夢だから!」
「・・・まだ寝ぼけてんのか?朝あんなに熱いキスしておきながら?」
「はっ・・・!」

そういえばそうでした。
朝起きた瞬間から玲斗のキスの嵐が・・・。
紛れもなく、わたしは目覚めてましたよ・・・ということはやっぱりこれは現実なのでしょうか。

「千穂、お前まさか産みたくないとか・・・言わないよな?」
「う、産みたい・・・けど」

産んだら、わたしだけポイッはいやです・・・。
とはどうしても言えませんでした。
それにどこか玲斗は嬉しそうではありません。
それってやっぱり・・・めんどくさいとか思ってる・・・わけですよね?
玲斗の優しさの意味も、そしてわたしに仕事を辞めろというその意味も、さっぱりわかりませんでした。

「じゃあ、仕事をやめて、家でのんびり過ごせばいいだろ」
「それはそうだけど。でも・・・妊娠しても働いてる人はいっぱいいるし」
「そんなに働きたいのかよ」
「うん・・・」

だって仕事も失って、もし子どもまでとられてしまったら、わたしには何も残らなくなってしまいます。
わたしの不安そうな表情に、玲斗はまるで、この展開を予想していたかのように口を開きました。

「じゃあ、俺の秘書やれ。」
「え、は?ひ、秘書!?」
「そうだよ。俺と専属契約結ぶんだ。国府田もいい年だしだからな。俺の世話から秘書業からなにからなにまで任せるのもどうかと思ってた。千穂が俺の秘書になるなら、国府田の負担も少しは減らせる」
「でもっ、わたし国府田さんみたいに仕事できないっ!」
「千穂がやるのは俺のスケジュールの管理とか、俺の身の回りの雑用だ。それくらいできるだろ」
「そ、それくらいなら・・・」
「千穂なら、会社のことももうだいたいわかってるし、イチイチ最初から教えなくてもいい、俺の性格だってわかってんだから、やりやすいじゃないか。」
「・・・う、うん・・・」

それはそうですけど。
この展開って一体なんなんでしょう。

「だから、千穂は退職しろ。お前は俺のために働けばいい。そうしたらお前が体調の悪いときは休ませてやれるし、産休だろうか、育休だろうがとり放題。給料だって与えてやるよ。何か問題あるか?」

問題って・・・
あまりにも好条件すぎて・・・そ、それで玲斗はいいんでしょうか!
ていうか、最初にわたしを拉致してマンションに住まわせてくれて結婚したことといい、今の条件といい、玲斗にとって得することなんてまったくないと思うんですけど・・・。
あ、でも国府田さんのお仕事が減らせるってことで、少しは得になってるんですかね。
でも産休中とか結局また国府田さんの負担が増えるだけですよ。
あ、そうなったら新しい秘書を雇うってことでしょうか。

「玲斗はそれでいいの?」
「いいからお前に提案してるんだろ」

わたし、もしかしてこのすごく恵まれてませんか?
本当に本当にそれでいいのでしょうか。

「じゃあわたし、玲斗のために一生懸命働く!なんでもするね!」

あれ、なんだか昔同じようなこと言ったような気がします。
でもでも、これって玲斗が与えてくれた玲斗なりの優しさだと思うんですよ!
もしかすると、後継ぎだけ望んでいるのかもしれませんけど、妊娠したわたしを思いやってくれたと、勝手に思い込んでおくのもいいかもしれませんよ!
そうですそうです。
世の中なるようにしかなりません!
だったら今ある現実を受け入れ、楽しまなきゃ損ですもの!
それに玲斗の秘書って、ものすごくやりがいのある仕事です。
役員秘書の経験なんて早々できませんからね!
この経験、絶対後で役に立つに決まってますから!

この先、どうなるかなんてわかりませんが、わたしはやっぱり今のわたしにしかできないことをするしかないんです。
玲斗がどういうつもりでわたしを秘書にするのかわかりませんが、これもまたひとつのチャンスですよ!
キャリアアップ!このわたしがキャリアアップですよ!

妊娠してるって言われても、つわりみたいなのはないし、まだ自覚はありませんが、
わたしはゆっくりとお腹に触れました。

ママは、がんばりますよ!!




   









   



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