実はわたし、結婚してます
動き始めた現実
1
「井原さん、専務がお呼びよ」
「はい!?」
な、なんで玲斗がわたしを呼び出すんでしょうか。しかも仕事中に!
メールでこっそり呼ばれたり、国府田さんがこっそり呼びにきたりってことはありましたが、こんな風に堂々と権力行使で呼ばれたことは一度もありません。
「一体なにやったの?」
「え、さ、さぁ・・・わたしにもよくわかりません」
「とりあえず早く行ったほうがいいわね」
直属の上司で主任の笹山さんに背中を押され、わたしはなにがなんだかわからないまま、玲斗の個人オフィスまで向かいます。
そして、深呼吸してからノックすると・・・
「入れ」
これまたいつもの聞きなれた命令口調。
「し、失礼します」
一応、夫とはいえ上司の上司ですからね。お偉いさまですからね・・・丁寧に挨拶だけはしておきましょう。
「あ、あのー何かご用でしょうか?」
「井原千穂」
「は、はい」
「おまえ、今日でクビ」
わたしは一瞬目の前が真っ白になって・・・
「千穂!」
ふらついたわたしを玲斗が支えてくれます。
玲斗の真剣な表情に、わたしは戸惑うばかり。だってわざわざこんな場所に呼び出して、クビにするなんて冗談はありえません。
もう一度言ってください。
今、なんとおっしゃいましたか?
クビ?
クビってクビ?わたしに辞めろってことですか?
「な、なんで?」
わたしは玲斗にしがみついて理由を尋ねます。
だって、ここで無職にされてしまったら・・・わたし・・・この先玲斗に捨てられたときに生きていけなくなってしまいます。
玲斗は顔をしかめました。
「ていうか、なんでそこまで働きたいわけ?」
「なんでって・・・生活費とか・・・」
「俺が振りこんでる分で足りないのかよ」
「まさかっ!それは十分だよ・・・」
昨夜はあんなに優しくて幸せだったのに・・・たった一日でどん底に落とされた気分になってしまいました。
「千穂は金がほしいだけ?」
「だって働かないと・・・」
困るじゃないですか。わたしの未来が・・・。
「とりあえず今日は仕事に戻れ」
「そんな・・玲斗待って。なんでなんで辞めなきゃいけないの?わたしなにか失敗でもした?」
「はー・・・」
なんでそこでため息なんですか!
まるでもうめんどくせー!みたいな感じですよ。
わたしって玲斗にとってそんなどうでもいい存在だったんでしょうか。
玲斗はじっとわたしを見つめています。
しばらく無言の時間が流れ、玲斗はあきらめたように、口を開きました。
「千穂、お前妊娠してんだよ」
え・・・?
わたしはその瞬間、まるで時間が止まってしまったかのように・・・固まってしまいました。
花は折りたし、梢は高し6← →