実はわたし、結婚してます





桜吹雪の幻想



「玲斗、見て、すごいね・・・」
「ああ・・・」

桜並木をふたりで手をつないで歩きます。
外でこうやってデートするなんてめったにありえないことです。
なぜなら、わたしたちの関係は誰にも秘密だからです。
けれど、桜咲く、この季節、わたしはどうしても玲斗とふたりで歩きたかったのです。

わたしは春風に散る桜の花びらをじっと見つめました。

あれは、10年くらい前のことだったでしょうか。
わたしには好きな人がいました。
その人は、同じ学年だったけれど、一度も同じクラスになったことはありませんでした。
もちろん、お付き合いをしたこともなければ、会話をしたこともありません。
ただ、見つめるだけの恋でした。

何も知らないのに、恋をしていたのです。

わたしの通う中学校は山の上のほうにあって、坂の下の十字路から学校までの通学路は桜並木が続いていました。
美しく続く桜並木を見るために一般の人もよく訪れていました。
卒業生も桜の季節には集まってくるほどです。
それほど幻想的で美しい道でした。

わたしのクラスメートも友人も、彼氏ができると当然のようにその桜並木の道をふたりで通い、ふたりで眺めるのです。
それはわたしの憧れでもありました。
好きな人と一緒に桜並木の下を一緒に歩くこと。

わたしが好きだった彼もまた、とても綺麗な彼女と毎日歩いていました。

わたしは毎日毎日、そんなふたりの姿を眺めていました。
決して届くことのない思いをこめて。

「玲斗、わたしの通ってた中学校ね、桜が凄かったんだよ。どんな桜の名所にも適わないくらい」
「ふうん」

相変わらずそっけない玲斗の返事。
それでもいいんです。
だって、わたしが「一緒に桜を見に行こうよ」って言ったら、こうやって付き合ってくれたのですから。
それだけで十分です。

わたしの隣には玲斗がいるのです。
いつまで、隣を歩いていられるかわからない関係ですが。
それでも、今わたしの隣には玲斗がいます。

わたしの大好きな旦那様。

いつか、あの母校の桜を、玲斗と一緒に見ることができるでしょうか。
きっとできないでしょうね。

わたしがもう一度桜の木を見上げると、ざっと風が吹きました。
桜吹雪。
わたしたちを包み込む大群の桜の花びら。
まるで結婚式のフラワーシャワーのように思えたのは、わたしだけですね。
それでも、誰に知られることはなくても、わたしと玲斗の結婚が祝福されているように感じて幸せになってしまうのです。

どうか、もう少しだけ夢を見させてください。


そう願った瞬間、ひとりの小さな男の子がわたしたちを追い越して振り返りました。
そしてニコリ、と微笑んで走って行きました。

わたしは玲斗の手をぎゅっと握り締めました。
玲斗がふっとわたしの方を見ました。

玲斗、わたしはあなたが好きなんです。














   



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