実はわたし、結婚してます 〜ふたりの距離〜







その後も、失礼な男の人は時々わたしの昼食タイムを邪魔しにやってきては、お弁当のおかずをつまみ食いして去っていきました。
その度に、あの人は一体何者なのだろう、と思うのですが、聞くのが怖くて聞けずにいるのです。
一応会社の人間ですから、きっと変な人ではないと思うんですけどね!

積極的に残業をこなして、閉店間際のスーパーに駆け込んで安くなった食材を買い、部屋に帰って電気をつけるのです。
テーブルと冷蔵庫、洗濯機しか置いていない殺風景な部屋ですが、わたしにとっては大事な寝床です。

「ふざけんじゃねー!さっさと稼いでこい!」
「てめーが稼げ!このでくのぼうか!!」

ああ、また始まりましたよ。お隣さんのバトル。
このおんぼろアパートに引っ越してきて数ヶ月。おとなりさんの夫婦バトルが日々絶えず繰り広げられているようです。
かと思えば、夜には恥ずかしくなるような艶なる声が聞こえてきたり。
思わず耳栓をしてしまうくらいです。
前のアパートもお隣さんのギターの練習しているのが毎晩聞こえてきていましたが、今思えばあんなの子守唄のようにかわいいものでしたね。
そう、前のアパートも東京で家賃5万円と決して高くはなかったはずなのですが、この2万5千円のさらに格安アパートに引っ越しをせざるを得ない状況になってしまったのです。
女ひとりで住むには少々危険かとも思いましたが、2階だし、大家さんも1階に住んでいらっしゃるとのことなので、決めてしまいました。
でも、やっぱり寂しくなってしまいますね。
優しくて穏やかなお父さんと、料理上手なお母さん、いつでもわたしの味方の姉の顔が浮かんできては、涙が出てきてしまいます。
でも、実家は遠く離れているのです。
そう簡単には帰ることなどできません。
家を出てひとり暮らしをするってこんなに淋しいことなんですね。

シャワーを浴びて、布団にくるまっていると・・・
ドンドンドン!と扉を叩く音が聞こえてきました。
な、なんなのでしょう、こんな時間に。
お金は今月分ちゃんと振り込んだし、こんな夜中に連絡もなしに突然訪問してくるような非常識な友人もいません。
わたしは恐る恐るドアのところで姿を確認しようとすると・・・そこには毎昼わたしのお弁当をつまみ食いしていく失礼な男がたっていました。
ドアを開けると、これまた最初に会ったときのようなものすごく不機嫌な顔をしているではありませんか。

「来い」
「はい?」

男はわたしの姿を見るなり腕を掴んで部屋から連れ出しました。

「あ、あの!!」

なんなのでしょうか!突然やってきて、有無を言わせず部屋から連れ出しましたよ!
これ拉致って言うじゃないですか!そうですよ!拉致ですよ拉致!
それ以前にわたしパジャマなんですけど〜。

「うるさい。お前バカだろ」
「ええ!?」

相変わらず失礼極まりありません。
いきなりバカだろ、はないと思いませんか!!
男は暗いのでよくわかりませんが高級車らしき車にわたしを押し込むと、そのまま運転手に行き先を告げました。
部屋、鍵もかけず・・・おサイフも何も持ってくることもできず・・・

井原千穂、不覚にも誘拐されてしまいました〜!!

こんなお弁当を一緒に食べたことがある程度のおつき合いの男性に誘拐・・・一体何が目的なのでしょうか。
うちには身代金なんてありません。
もしや・・・この人殺人犯!?

同じ会社の女性を殺害・・・ふたりの関係に一体何が!?

とか明日の新聞の見出しを飾ったりするかもしれません。
どうしましょうどうしましょう。
そしてこの男の人は言うのです。

「殺したかったら」

きゃー!そんな理不尽な!!

「お、おろしてください!!わたしを家に帰してください!」
「無理」
「ど、どうしてですか!警察に言いますよ!」
「言えば?携帯かしてやろうか?」

男はふふん、と意地悪そうな笑みを浮かべます。

「それより、そんな格好でこんなトコに降ろしたらお前襲われるだけだぞ」
「!?」

そうでした。
わたし、パジャマのままでした。
酷いです。わたしが一体何をしたというのでしょう。
今まで真面目にコツコツ頑張って生きてきたのです!
それなのに・・・友人だと思ってた人に逃げられたあげく、会社の人間だと信頼してた人に拉致されてしまうなんて・・・。
ホント、東京は恐ろしいところです!
生きて帰れたらもう、わたし、実家に帰ります!もう決めました!
故郷でなんとか仕事を見つけて頑張れば借金ぐらい返せますから!!

「うっ・・・」

思わず涙が溢れてきてしまいました。

「何泣いてんの」
「だって・・・。わたし、殺されるんでしょ?」
「はぁ?」
「・・・うっ・・・うっ・・」
「なんで俺がお前を殺すんだよ。何勘違いしてんのか知らないけど、これから俺の家に行くだけ。正確には俺のマンション」
「ど、どうして・・・?」
「・・・あんな場所に女ひとりで置いておけるわけないだろ」
「??」

な、なんの話でしょうか。

「あのな、お前がしたことは確かに個人的なことだし、関与できないことだってある。だけど、相手も同じ会社の人間だったんだし、上司に相談するくらいしろ」
「はい?」

わたしはますますこの男の人が何を言ってるのかわからなくなってきました。

「だから、お前が司馬奈々のために借金背負ってるってことだよ」
「・・・な、なんで知ってるんですか!?」
「調べた。千穂が同期入社した司馬奈々の友人で、司馬奈々は会社の男と不倫のあげく借金抱えてふたりで逃げただろ。表向きふたりとも自主退社ってことになってるけどな」
「・・・」
「司馬奈々の話は耳に入ってたけど、まさかお前が仲良かったとは思わなかったし、借金してまで金をかしてるとは知らなかった」
「だって、それはホントにわたしのことだから・・・。わたしが簡単に貸しちゃったから・・・」
「だからバカなんだよ、お前は!」
「バカバカってよく知りもしないのに言わないでください!自分でもわかってるんです!お人好しだって!あなたが何者か知りませんが、そこまで言われる筋合いはありません!もう帰してください!」
「・・・。お前、本当に俺を知らないのか?」
「だから、知らないって言ってるじゃないですか!」

すると、運転席の方から、笑い声が漏れてきました。
どうやら助手席に座っている人のもののようです。

「ぼっちゃまはあなたを心配に思われただけですよ」
「国府田!お前は何も言うな」

ぼっちゃま?

「さて、着きましたよ。彼女の荷物は後ほど運び込む予定ですので」
「わかった。ほら、いくぞ、千穂」
「いくって、どこへ・・・?」
「だから、俺のマンションだっつってんだろ」
「・・・え?な、なんでですか?」
「今日から一緒に住むからだろ」
「は、はい!?」

もう、わたしの頭の中パンクしそうです。
この状況についていく方が難しいと思いませんか?ね?だってそうでしょう?

家にいたらいきなり会社のよく知らない男が乗り込んできて拉致したんですよ?
その上これから、一緒に住む?
はっきり言って理解不可能としか言いようがありません!

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千穂ちゃん、相手が誰か知らないまま拉致されました(^-^;)
玲斗は餌付けされた模様。











    



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