実はわたし、結婚してます 〜夫の心、妻知らず〜







会社を出て、ホテルへ寄ったが、千穂は随分前にチェックアウトしていた。そのまま俺は急いで自宅マンションへと向かった。
部屋のある階までのエレベーターがこんなにも長く感じられたのは初めてだった。

「千穂?」

キッチンにもリビングにも千穂の姿はなかった。
シャワーを浴びている様子もない。
千穂の個室も物音すらしなかった。

「千穂!」

俺の頭の中には最悪な状況が過ぎって焦りを隠せなかった。
千穂がいなくなったらどうしよう。
最後に寝室のドアを思いっきり開けた。

「千穂・・・」

千穂の姿があってほっとすると同時に、なぜか愛おしさが溢れ、スースーと規則正しい寝息が、俺を安堵させた。
ベッドに近づくと布団から見えている手を覆い被せるようにして握りしめた。

「玲斗?」
「何度も連絡した・・・」
「え?」


千穂は帰ってきてからずっと寝てたのだろうか。
朝、用意しておいた服をそのまま着て横になっていたようだった。

「え、やだ。今何時?」

「夜の8時過ぎ」

慌てた様子の千穂の姿に、もう一度安心感が溢れてくる。

「千穂」
「え?」
「嫌われて・・・出て行ったかと思った」
「ええ?」

「千穂はあの男が好きなのかと思った」
「あの男?」
「元木とかいう・・・」
「元木さん?ただの同僚だけど・・・」
「親しそうに話してただろ」
「え、わたし迷惑だったけど・・・」


だったらもっと迷惑そうにしろよ。
そういう曖昧な態度が相手を誤解させるんだ。

「千穂はスキだらけなんだよ」
「スキ?」

まだ寝ぼけているのか千穂はぽかーんと俺の顔を見つめていた。

「千穂は俺が嫌いか?」
「え?嫌いじゃないよ?」
「じゃあ好きなのか?」
「うん。好きだよ」


好き・・・。

「なんだよ。そういうこと早く言えよ」
「え?」
「千穂は、俺のことが好きだとか一度も言ってくれたことないだろ」


やっと言ってくれた。
俺はその喜びで頭がどうにかなりそうだった。
千穂は俺のことが好きなのだ。
もうその言葉だけで十分満たされる思いでいっぱいだった。

「玲斗こそ。どうしてわたしと結婚したの?」
「・・・は?」
「たくさん綺麗な彼女がいるのに、どうしてわたしと結婚したの?」

千穂のやつ、なにを今更そんなこと言ってんだ。
綺麗な彼女って誰のことだよ。まさか遠い昔の話でも持ち出そうってのか?
好きでもない女と結婚なんかできるかよ。
こんなにも俺が千穂を想ってるってのに・・・当たり前のことを聞いてくる千穂は、やっぱりどこか抜けている。

「・・・お前バカだろ」
「むっ」
「ほっぺた膨らませて怒るなんてガキみてぇ。ハハ」
「玲斗のバカ」
「バカにバカと言われたかねーよ」

「玲斗、わたしのこと怒ってたんじゃないの?」
「怒ってたけど、もういい」
「じゃあ、わたしまだここにいてもいいの?」
「なに言ってんだ、お前。千穂の家はここしかないだろ」
「そうだけど」
「腹減ったな。なんか食いに出よーぜ」
「う、うん。ごめんなさい。今日作ってなくて」

俺の責任だ。
俺が千穂に無理をさせたから。
だから今日一日死んだように眠っていたのだろう。

「身体、辛かったか?」

「も、平気。いっぱい寝たから」

平気なはずはない。
けれど、この笑顔で俺がどれだけ救われているか、千穂はきっと知るわけないんだ。
今夜は、優しくしよう。
思いっきり優しく千穂を抱きしめてやろう。
ふらふらの千穂を抱きかかえるように支えながら俺は千穂の頬にキスをした。


END

    




嫉妬に狂う旦那サマ、どうでしたでしょーか?
けっこうお子様な旦那サマです。素直じゃないですねぇ。
千穂ちゃんはまだまだ振り回されることになりそうかな。



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