実はわたし、結婚してます 〜夫の心、妻知らず〜







「れ・・・玲斗?」

千穂の震えた声がかすかに耳に届いた。

けれども俺には千穂に笑いかける余裕も、優しく声をかける余裕もまったくなかった。
ただ、さっきのシーンが記憶に張り付いたまま、消えることはなかった。
このまますぐにでも千穂を自分のものにしてしまいたくて自宅ではなく近くのホテルにタクシーをとめてもらった。
俺の友人が所有しているホテルだから特に問題はないだろう。

千穂の手を引っ張ってずんずん進もうとするが、千穂の足は重たい。
あまりこういうところには連れてこないからビックリしているのかもしれない。けれどそこまで気遣う余裕すら・・・本当になかったのだ。

「さっさと来い」

部屋の前で躊躇している千穂に冷たく言い放ってしまう。
違う。
こんなことが言いたいわけではないのに。
けれど俺はもう自分自身をとめることはできなかった。
自分でもコントロールできないこの感情をただ、千穂にぶつけるほかなかった。
千穂をベッドに放り投げ、覆い被さり唇をふさいだ。

「れ、玲斗・・・」
「うるさい」

動揺する千穂の服を強引に脱がせる。

「玲斗、待って・・・」
「妻を抱いてなにが悪い?」

その後はただ無我夢中だった。
千穂が止めてと口にしても、涙を流して俺を見つめても・・・
その目が俺を惑わせ・・・俺だけでなく他の男もそうやって魅了しているのかと思うと、怒りがこみあげてきてどうしようもなかった。
千穂・・・。
どうか俺だけを愛してると言ってくれ。
俺以外の男に笑いかけないでくれ。

いつの間にか千穂が気を失っていることに気づいてハッと我に返る。
千穂の涙に濡れて湿った頬にゆっくりと触れ、その手で乱れた髪を丁寧に整えていった。
白い肌に刻んだものが生々しく残っているのを見て、自分が千穂に対していかに酷い扱いをしたのかがありありと伝わってくる。
泣かせるつもりなんてなかったのに。
俺はベッドから降りると、シーツで千穂の身体を覆い、脱ぎ散らかした服を拾った。
新しい洋服を用意させておかなければ・・・。
千穂だけをベッドに残し、俺は静かに寝室を出た。
そのあと、自分でもどうしていたのかわからない。
自分でも不思議だったが、朝には自分のオフィスの椅子に座っていた。

「酷いお顔ですね、ぼっちゃま」
「・・・」

国府田が朝一番のコーヒーを持ってきてくれた。

「千穂さんとケンカでもされたんですか?」
「・・・泣かせた」

泣かせてしまったんだ。
ただ俺にだけ笑ってほしいだけなのに。
どうしてだろう。

「ちゃんと謝ってきたんですか?」
「・・・」
「帰ったら謝りなさい」
「許してくれるだろうか」
「千穂さんは優しい方ですから大丈夫ですよ」

千穂はもう俺のことなど嫌いになったかもしれない。
あんなに酷いことをしてしまったのだから。
イヤだと、ヤメテと・・・何度も泣きながら訴えていたのに。

そこでふと気づいた。
あのまま、ホテルに千穂を置いてきてしまった。
ただでさえ酷いことをした俺なのに、さらにはひとりであんな姿のまま放置してきてしまった。
最悪だ。

俺はすぐにケータイを手に取った。
しかし無情にもコールが鳴り続けるだけで、千穂の可愛らしい声は聞こえてはこなかった。
その後数分おきに電話し、メールを入れるがまったくもって返事はなかった。
逆に仕事の電話はひっきりなしに鳴り、それがさらに俺を追いつめていった。
とにかく今はこの仕事を終わらせて、早く千穂を迎えにいこう。
頭の中はただそのことばかり考えていた。


   








    



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