実はわたし、結婚してます 〜夫の心、妻知らず〜







その日は、千穂の部署の忘年会に出席するために、一日中自分のオフィスにこもって片っ端から仕事を片付けた。
いろんな部署から誘われていたが、すべての部署に顔を出せるほど決して暇ではない。中にはどうやってか参加している管理職のやつらもいるみたいだが。
たまたま時間が空いていると理由にし、千穂の部署の忘年会のために強引にスケジュールを調整したことなど、千穂に言えるはずはない。
どうせ俺が見張ってないと、あいつはまた飲んだくれて他の男にヘラヘラ笑いかけるんだから。


にしてもなんで俺の周りにはこう女共が寄ってたかってくるんだ。こんな無表情な男を捕まえて何が嬉しいんだ。
どうせ、俺の機嫌をとりもって昇格を狙うか、あわよくば玉の輿にのろうなんて考えているに違いない。
次から次へとお酒を注ごうと寄ってくる女たちを適当にあしらいながら、俺は千穂の方をちらりと見た。
その瞬間、予想していた場面が視界に飛び込んできたのだ。

頬を赤らめて隣の男に笑いかけている。
その色っぽい唇で・・・誘惑ばっかりしやがって。

「専務〜!ケータイの番号教えてくださぁい」

気づけば、酔ったフリした香水臭い女が俺の肩に思いっきり胸をおしつけてくる。
これが作戦なんだろうが、こんな作戦にひっかかるような男はたいしたやつじゃない。そんな低レベルな男だと思われてるのか、くそ。

「悪いけど、プライベートな番号は教えないことにしてるんだ」

俺にしては丁寧に答えてやる。
さすがの俺もこの盛りあがっている雰囲気を壊すようなマネはしない。
それに俺の立場というものもそれなりにわかっているつもりだ。

千穂が俺の方に視線を寄せる。
心なしか涙目になっているのがわかる。
おまえは!
そんな男心を奪うような目をしてるからつけこまれるんだ!
ビシッと断れよ、ビシッと!
それともなんだ、その隣の男が好きなのか。
俺がいるのにあからさまに見せつけるのは何か理由でもあるのか。

俺は無意識に思いっきり千穂の隣に座っている元木を睨みつけた。
あの男許さん。
絶対異動だ。今度の人事で異動させてやる。

そう思った瞬間、幹事のやつらが一次会終了を告げ、二次会の場所を叫んでいる。
二次会なんか行くか。
このまま千穂を連行して家に帰るに決まってるだろ。
そう思って立ち上がるとさっきのウザイ女に腕を掴まれる。
「専務〜!一緒に二次会行きましょうよぉ。」
どこまでしつこいんだこの女は。執拗な女は嫌いなんだ。
「まだ仕事が残ってるんだ。」
俺は冷たく言い放つとその手を振りほどいた。
女は切なげな目でうったえてくるが、それがどうにも演技にしか見えず、ただ気分を害するだけだった。

その隙に千穂はさっさと店を出てしまったようだ。
門限は守るだろうから、千穂だってこのまま家に帰るはずだ。
どうせまたケチって電車に乗るだろう。あれほど夜遅くなる日はタクシーを使えと言っても全然聞きやしない。
俺は駅までの道をタクシーを拾って先回りする。
駅で待っていれば必ず千穂は現れるだろう。そのままタクシーに連れ込んで一緒に帰ればいい。
それからまもなく・・・千穂の姿が視界に入った。
しかし、俺の目に飛び込んできたのは千穂だけではなかった。

千穂の手をつかんで歩いているのは、さっき千穂のとなりを陣取っていた元木。
婚約者がいるはずの元木だ。
夜とはいえ繁華街の明るさの中で見間違うはずはない。
千穂は元木と一緒に歩いて駅まで来たのだ。しかも手を繋いで。

その瞬間、俺の中の何かがブチッと音を立てて切れた。

途中で千穂は元木の手を振り切るようにして、ひとりで走ってきたが、俺にはもうそんなことはどうでもよかった。

「千穂」

俺は低い声で千穂の名前を呼んだ。
そのまま腕を掴んで再びタクシーを捕まえると、そのまま千穂の身体を押し込み、俺も身体をすべりこませた。


   







    



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