実はわたし、結婚してます







わたし、小石川千穂(コイシカワ チホ)、25歳。人妻です。
まあ、会社では旧姓の井原(イハラ)を名乗ってますが。

これには少し理由がありまして。
旦那サマである小石川玲斗(コイシカワ レイト)、30歳、はわたしの勤務する会社の次期社長なのです。
簡単に言うと、玲斗は何年もかけて重要なことを進めていて、いろいろ大変な時期に結婚しているという事実を世に知られてはいけないようで、わたしたちの結婚の事実は極秘事項にされているというわけです。

ハイ、会社のめんどくさいわたしに関する書類関係、全部玲斗が握ってます。
わたしたちが結婚しているという事実は、わたしたちと親しい人(婚姻届にサインをしてくれたふたりだけです)以外は誰も知らないのです。
お互いの親や親族すら知りません。
わたしはなんと親不孝な娘でしょう。心がチクチクと痛みます。

「井原さん今日の飲み会だけど・・・」
「あ、すみません。今夜はちょっと・・・」
「え、今日もダメ?彼氏とデート?」
「違いますよ〜。家の都合です」
「そっか。残念だな。今度は絶対参加してくれよ?」
「ハイ。頑張ります」

旦那サマが許してくれれば喜んで参加するんですけどね。
なんて言えるはずもなく。
わたしは付き合いの悪い女と化してゆくのです。



仕事が終われば、スーパーで買い物をしてから、わたしたちの自宅であるマンションにまっすぐ帰ります。
この辺は普通の兼業主婦と同じです。
しかし、さすがは次期社長のマンション。
広さが桁違いです。
広いリビング、書斎、寝室に、私室、誰も来たことはないけれど客用和室。それからわたし専用の私室。ついでにバスルームとトイレ。
そのすべてを掃除するのはわたしの役目。
掃除が終われば夕食の準備です。
帰りは何時になるかわからないし、帰ってこない日もありますが、とりあえず毎晩作ります。
食べてもらえなかったものは翌朝お弁当に入れてわたしが持って行くことになります。

夕食の下ごしらえが終わったら、やっとわたしは一休み。
リビングのふわふわソファに体育座り。
そこで読書をするのが至福の時間です。

そうしていると、どうやら旦那サマのお帰りの様子。
さて、笑顔でお出迎え。

「おかえりなさい。お疲れ様です」
「あ、いいにおいだな。今日は生姜焼き?」
「うん。この間食べたいって言ってたでしょ?」

いつもの流れでおかえりなさいのキス。
玲斗のかばんを書斎に運び、玲斗の着替えの間にわたしは夕飯の準備を整えます。

玲斗は代々由緒ある家のおぼっちゃま。
もちろんこのマンションは別宅で、実家は高級住宅地にある大きなお屋敷です。
そこには玲斗のご家族の皆様が住んでいらっしゃいます。
家のことはなんでも使用人がしてくれて、食事はお抱えの有名なシェフが毎日作ってくれるようです。
だからわたしの作る庶民の料理なんて玲斗にとってみれば、そこらの家畜のエサのようなものだと思うのですが。
それでもなぜだか玲斗はわたしの手料理が食べたいと言うのです。
横文字の並んだわけのわからない料理よりも、わたしが食べてきた家庭料理がいいのだそうです。

まあそう言われれば悪い気もしないわたしはこうやってせっせと玲斗のために玲斗の好きなものを食卓に並べるわけです。

「なあ、千穂」
「なに?」
「明日急に午前中休みがとれたんだ。だから千穂も有給とれよ」
「え、そんな急に?」
「ああ。大丈夫だろ。会社の方は処理済みだから」

それならば、有給とって、なんて言わなくてもいいと思うのですが。
そうです。
旦那サマの言うことは絶対です。
わたしは逆らうことなどできないのです。
わたしの意志など完全に無視なのですから。

さて、こういう日の夜は気をつけなければなりません。
なぜなら、ご夫婦の方ならすぐにおわかりでしょう。
次の日の午前中が休み。
ということは。

つまりその。大きな声では言えませんが。

激しい夜の始まりなのですから。











   



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