サクラの木―番外編―


花の盛り、淡い恋


(2)

 気づくと、彼女の姿を探している自分がいた。
 ハッキリ言ってサッカー一色だった俺が誰かを好きになるとは思わなかった。だからこそこの気持ちがなんなんのかどこかで認めたくなかったのかもしれない。
 結局、俺の友人はもともとゲーム好きということもあって、囲碁・将棋部に入部した。ゲーム感覚とはいえ、勝負事なうえ、軽い気持ちで始めたわけではないのだろう、けっこう夢中になっていてそれなりに真剣に活動しているようだった。
 話を聞いていると、やはり筝曲部やそれらの部活動との関わりも深いらしく、今日は茶道部にお茶とお菓子をご馳走になったとか、琴の演奏を聞かせてもらったなどと楽しげな口調だったりする。
 あんないい加減なことを言っていたやつが、と思うのだけど、やはり楽しそうに過ごしているのを見ると、それなりに満足したりもする。
 ただ、3年の先輩は引退後もよく顔を出しに来るとか、そういう話を聞かされるとどこか心がむずむずとして、変な嫉妬心も生まれてくる。
 結局のところ、俺はあの見学のとき以来、沢井先輩とは言葉を交わすことはなかった。
 俺と沢井先輩の間には共通点などまるでないのだからそれは当たり前のことだったけれど、それでもやっぱり気になって探してしまう。
 それは全校集会だったり、移動教室で3年生とすれ違うときに。一日に一度でもその姿を見ることができれば、その日の気分はものすごく晴れやかだった。

 それは夏休みに入ってからも変わらずで、補講のために登校してくる彼女の姿を毎日のように探している自分がいて、それはまるでもう日課のようになってしまった。
 時折、彼女はグラウンドのほうに視線を向けてくる。
 決して俺を見ているわけではないとわかってはいても、その視線の先に少しでも写っていればいいのにとささやかに願ってしまう。
 そのせいで、ボーっとするな!と先輩には注意されてしまうのだけど。

 親しい友人にさえも言えない、この気持ちを抱えたまま、時はあっという間に過ぎてしまい、季節は紅葉のすすむ秋の盛りになっていた。
 学園祭に大忙しの校内で時折、忙しそうにしている彼女の姿を見かけた。どうやら3年の彼女のクラスも学園祭には参加するのだと聞いて、心が浮き立つ思いだった。
 当日は密かに筝曲部の演奏を見に行って、その後は3年2組のフランクフルト屋ものぞきに行った。彼女は友人たちと楽しそうに琴を演奏していた浴衣姿でフランクフルトを両手に持って明るく呼び込みをしていた。
 その輪の中には決して入れないのだという淋しさを覚えつつも、背筋を伸ばして大人びた表情で琴を弾く姿とは別の顔を見れた嬉しさが、こみ上げてきた。
 後夜祭のフォークダンスでは、1年生は最初恥ずかしがって参加しようとする生徒たちがあまりいなかったが、2年、3年の生徒が輪になっていき仮装した姿や上半身裸で楽しそうに騒ぎながら参加しているのを見て、俺たちも、「行く?」と誰かの声に誘われてその輪の中に紛れ込んだ。
 俺がおとなしくその輪の中に混じったのは、紛れもなく沢井先輩の姿を見てしまったからだ。
 ハッキリ言って、照れくさいことこの上ない。こんな年になって女子とフォークダンスを踊るなんて。それなのに、沢井先輩との距離が縮むにつれて、これまで感じたことのない恥ずかしさだったり、感極まる思いが溢れかえってきた。自分よりも頭ひとつ分低い沢井先輩は、もう俺のことなんて覚えていないだろうと思った。
 闇に堕ちる夕焼けが彼女の頬を照らしていた。
 相変わらず着替える暇がなかったのか浴衣姿でフォークダンスを踊る姿が微笑ましく思えた。
 このまま時が止まってしまえばいいのに、と思った瞬間に、手が離れた。

 次に見たのは凛とした趣で壇上に立つ姿だった。
 受験で忙しく、学校に来ていても、ほとんど教室から出てくることの少なくなった3年生とのかかわりは1年生にはほとんどなかった。
 それでも、進路をいち早く決めたらしい沢井先輩は部活動にはちょくちょく顔を出していたらしいことは友人から聞いていたけれど、サッカー部でレギュラーをもらった俺もまた練習で忙しさを増していたのが事実だった。

 壇上で表彰される彼女の姿に、スポーツバカの自分など比較できないくらい優秀な人で、手の届かない人だと思い知らされる。
 この次に見ることができるのはきっと、卒業式だろうと思われた。それでもう最後なのだ。
 そう考えただけで、心にぽっかりと穴があくような気分だった。

 けれど意外なことに、彼女は3学期も時折学校へ来ていたようで、俺は職員室でその姿を確認した。


   



   



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