サクラの木


第8話 1年後

(3)

 小学生の頃、何年生だったか、4月上旬の温かい日だった。その年の桜は開花が遅く、始業式を過ぎたあたりで満開を迎えた。わたしたちはいつものように放課後ケイドロをして遊んでいた。
 わたしがドロボーで、どこかいい隠れ場所がないかと探しているとき、ふと学校の裏門に近い場所の体育倉庫を思い出した。
 小学校の校庭はいつの時代に植えられたのか、桜の木が校庭を囲むように植えられていて、それを見ながら、わたしは走った。そのときふと気づいたのは、校庭を囲むように植えられているはずなのに、なんだか不思議な場所にまるでわたしを見つけてと言わんばかりに立っている一本の桜の木だった。普段気にもしていなかったその桜の木がなぜ、その日わたしの目を奪ったか今でもそれはよくわからない。
 なんとなくその桜の木から離れがたくなってわたしは根元に腰を下ろして、自分の身を隠すように縮こまった。
 ケイサツグループが探しているはずなのに、一向に誰も探しにくる気配がなく、どうしようかと思っているといつの間にか眠っていた。
 次に気づいたときは、わたしは河野くんの背中に負ぶわれて風にのって踊る桜の花びらを見上げていた。
 その満開に咲かせる花はあまりにも美しかった。
 一斉に満開になる桜はどれも綺麗だったけれど、その桜の木だけは一本だけでもたくさんの桜に引けをとらないくらい印象づけるなにかをもっていた。
 しばらく見とれていて、わたしは自分がどういう状況にいるのかわかっておらず、河野くんの背中にいるということに気づくにはかなり時間がかかった。それくらいわたしと河野くんはその桜の木に魅入っていたのだ。

「探しに来たら、琴ちゃん寝てるから。起こすのかわいそうだと思ったんだよ」

 でも放っておくわけにもいかないから負んぶをしてみたのだと、河野くんは少しはにかみながらそう言った。
 琴ちゃん、といつの間にか呼ばれなくなってしまったけれど、あのときのわたしたちはずっとずっと近い場所にいたような気がする。
 背中から下ろされたわたしは右手を河野くんに掴まれて、ケーサツグループの陣地に戻った。

「どこに隠れてたんだよー」

 とみんなに変わるがわる言われたけれど、河野くんは笑ってごまかして何も言わなかったので、わたしも何も言わなかった。
 その瞬間からあの時間はわたしたちふたりだけのものになった。

 いつしか、記憶の片隅へととどまり、思い出すことのなかった時間が、再び巡り始めたのは河野くんのお母さんから手渡されたあの一枚の絵。
 あの時間が宝物だと思っていたのは、わたしだけではなかった。子どもの頃のことを思い出しながら、そう感じた。

 わたしは、どうしても河野くんに会わなければならない。
 連絡がとれなくなって、河野くんがわたしに会いたくないと思っていたとしても、わたしはまだ河野くんに告げていないことがたくさんあるのだから。


   



   



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