サクラの木


第4話 学園祭

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 AO入試で進路を決定させていく生徒、受験勉強の追い込みに入っている生徒、就職先が決まりバイトに励む生徒、いろいろな状況下にいる秋真っ盛りのこの時期に、学校では学園祭の準備が進められていた。
 2年生が中心となって、3年生は自由参加だけれど、わたしたち3年2組も山ちゃん先生の呼びかけで、進路が決定した生徒を中心に参加しようということになった。
 仕入れも、調理も簡単だろうという理由でフランクフルト屋にあっさりと決まり、進路を決めたばかりのわたしも毎日放課後、準備に参加していた。もちろん、筝曲部の方にも顔を出したりして、進路が決まったとはいえ、忙しい毎日を送っていた。

 学園祭の前日、みんな遅くまで残り、準備に追われていて、看板作りをしていた。途中、お腹がすいた、というつぐみが買いだしに出かけると、わたしは教室にひとり残されてしまった。
 でもすぐに、外で作業をしていたであろう河野くんや竹田くんたちがワイワイ騒ぎながら戻ってきて、ペットボトルのドリンクを片手にしゃべっていて、静まり返った教室があっという間に賑やかになってしまった。
 河野くんはまだ大学を決めたわけではないはずなのに、積極的に準備に参加していて、それでも疲れている素振りは全く見せない。

「これ、ひとりでやってんの?」
「つぐみが今買出しに行ってるから」
「じゃ、ちょっと手伝うよ」

 看板の文字に色づけをしていたわたしの隣に座り込んで、そう言った。

「河野ー、このあとどうすんの」
「ああ、悪い、先行ってて」

 教室を出ようとしていた竹田くんたちに、河野くんが声をかけた。
 いきなりふたりきりになって少し戸惑いながらも、わたしは河野くんに絵の具の筆を渡した。

「これ、塗ればいいだけ?」
「うん。外の準備は終わったの?」
「だいたいね。でも暗くてよくわかんなくてさ、微調整は明日朝やろうってことになった」
「そうなんだ」
「沢井さんは?」
「朝一で仕入れにいくよ」
「それはどうもご苦労様です」
「こちらこそ、肉体労働ご苦労様です」
「ハハハ、肉体労働ね」

 そんな会話をしながら看板の文字装飾をしていると、いつも賑やかな写真部の山村くんが一眼レフを抱えてやってきて、「お、書道コンクール入選コンビが一緒に筆を握ってる!」なーんて言いながら、カメラを構えるもんだから、思わず笑ってしまって、その瞬間にシャッターを切られてしまった。
 夏に応募した書道の作品がわたしも河野くんも入選したことはすでに学校新聞に載っていて、表彰式はまだだけれど知っている人は知っている。新聞部に関わりの深い山村くんはそのことを言ったのだろう。

「うーん、なかなか貴重な写真がとれた」
「おまえなー」

 嬉しそうな山村くんに、呆れたような顔をしている河野くんの姿が面白かった。
 山村くんは逃げるようにさっさと教室を出て、次のシャッターチャンスを求めてどこかへ行ってしまった。

「あいつきっと、あの写真高額で売りつけてくるから気をつけて」
「あはは」

 河野くんが手伝ってくれたおかげで、つぐみが買出しから帰ってきたときには、すでに看板は綺麗に仕上がっていた。出来上がると、河野くんはまた誰かに呼ばれて教室を出て行った。

「え、河野くんが手伝ってくれたの?へ〜、なるほどね〜」
「なに、そのなんか変な目」

 何か言いたげな目をしているつぐみの手から、買出しの袋を奪い取ると、中の飲み物を一本いただく。

「琴ちゃんてば、なんだか最近いい感じじゃない?」
「そんなんじゃないって、幼馴染みたいな感じだし。これ、もらうからね」
「ふーん、まぁそういうことにしとこう」

 わたしはなんだか熱くなってしまった身体を冷やそうと、ペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。
 本当に、そんなんじゃないと思う。
 前から知ってるという安心感みたいなのがあって、きっと河野くんだってそんな感じだと思うから。
 それに、河野くんには確か彼女がいたはずだ。去年、一緒に下校していたのを見かけたことがある。
 だから、本当に・・・違うんだ。

   



   



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