サクラの木


1 サクラチル

(4)

 HRが終わると自由下校となったので、わたしとつぐみは筝曲部の部室へと向かった。筝曲部というのは和楽器の琴を演奏活動をする部活のこと。部室と言っても、茶道部や華道部と一緒に使っている和室なので、独立した部室があるわけではない。
 新入生歓迎行事でわたしたち三つの部では、単独だとなんだか物足りなく、部員も少ないので、筝曲部が演奏し、、華道部がお花を活けて、茶道部がお茶をたてる、という形で合同発表を行うことになっている。
 部室の窓から見えるサクラの木もまた、風でひらひらと花びらが舞い散っている。本当ならふられた場所だから、あまり見たくない場所なはずなのにどこか懐かしい感じがして、気づけばあのサクラの木を眺めてしまっている。
 ひとりの男子生徒が立っているのが見えて、また誰かが告白でもするのかとぼんやりと眺めていた。
 少し離れているこの場所で、しかも3階という高さから、あそこに生徒がやってきてもすぐに誰が誰とわかるわけではない。
 けれど、わたしはすぐに、その人が誰かわかった。
 満開のあのサクラを見上げているブレザー姿の彼は、河野くんだ。
 それは決して珍しいことではない。
 あの河野くんのことだから、女の子から告白されることなんてたくさんあったことだから。それでもどこか目が離せずにいた。

「琴、まだ失恋に浸ってんのー?」
「つぐみ」
「今日は普通にしてたから、もう吹っ切れたのかと・・・、あれまた誰かいるの、あそこ」

 つぐみもサクラの木の下の生徒に気づいて覗き込むように窓を開けた。

「つぐみ、落ちるよ・・」
「だってー」

 つぐみにはあれが誰かはわからなかったようだ。わたしも敢えて口にはしなかった。だって本当は別の人かもしれないから。
 ふいに風が吹いて、サクラの花びらが一気に舞い上がってきた。

「こりゃ、あっという間に散っちゃうわね」

 つぐみはそう言うとパタン、と窓を閉めた。
 あっという間に、桜は散ってしまう。
 桜のようにわたしの恋もあっという間に散ってしまった。見てるだけで、ドキドキして毎日が楽しかった。会って少しでも話ができた日なんてこれ以上ないくらい嬉しくて、そういうことの繰り返しが幸せだった。
 たった一瞬で終わってしまったわたしの恋は、決して無駄ではなかったと、いつか思える日がくればいいと思う。
 舞い上がるサクラの花びらの先にある遠い空を見つめ、わたしはもうひとつのことを考えていた。
 一瞬の美しさのためだけに毎年花を咲かせている桜。
 たくさんの人の心を惹きつけるのは、限られた時間を精一杯生きているから。
 短い命だからこそ、人の心に残り続ける。

 天使になったあの子のように。

   



   



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