夏 君が微笑む   −第2部−







結婚式の日まではあっという間だった。
式場がなかなか決まらなくて、最終的にハワイで行うことになり、私は海外なんて初めてだし、家族ももちろん初めての海外旅行で興奮しきってしまってとにかく大変だった。
だって準備もしなきゃだけど、仕事は普通にあるしで、自分でもよくわからないまま、飛行機に飛び乗ることになってしまった。
ていうか、パスポートが間に合ってよかったって感じ?

場所をハワイにしたのはやっぱり尚弥さんのお母様の体調を配慮したようで、アメリカで生活しているご両親が参加しやすいようにってことだったみたい。式はお互いの家族だけという言葉通り、本当に小さな結婚式になった。

そして、同時に尚弥さんたちが両親のことに触れたがらない理由を目の当たりにすることになった。
車椅子でやってきた尚弥さんのお母様は、尚弥さんや柊弥さんのことをまったく知らない人のように挨拶した。
精神的ショックなことが原因で、過去の記憶がまったくないという衝撃的な話を聞いたのは、これまた直前になってからで・・・私はそんなことを突然聞かされてもどうしていいかわからなくなってしまっていたのだけど・・・
きっと・・・尚弥さんたちの方がどういう風に接していいかなんてわからないのだと思うと、すごくすごくココロが痛くなった。
もちろん、尚弥さんやお兄様のことも覚えているはずがなくて、今回の結婚式は知人の子どもが結婚するのだけど、両親がいないからかわりに参列する・・・といったような嘘の理由を並べたんだって。
親に自分の存在を忘れられるってどんな気持ちなんだろうって、そう考えるだけで私は苦しくなった。
だって空音さんたちの結婚式には出席されなかったみたいだから。
本当は出席してもらいたかったのに、きっとできなかったんだよね。空音さんたちの結婚式はかなり大きなものだったって言ってたし・・・

けれど、そんなお義母様を支えるお義父様とはとても仲むつまじい様子で、その姿を見ていた尚弥さんたちが穏やかな顔をしていたのが唯一の救いだった。
私の両親も、出発前に事情を話していたので、尚弥さんのお父さんと軽く挨拶をした程度で終わった。


それにしても、ハワイで挙式なんて英語しゃべれないよ〜なんて心配をよそに、スタッフは全員日本人だし、日本語が飛び交ってるし、芸能人やたくさんの人がハワイ挙式をする理由がなんとなくわかった。
確かにここまで日本語OKだったらなにも心配ないよね。
しかも、気候もいいし、海も綺麗だし!
私は到着した日に、尚弥さんとふたりでビーチを歩いたことを思い出した。
なんか夢みたいだよね。
海外が初めてなのに、結婚式までしちゃうって。

「美絵、孫にも衣装だよな」
「な、尚弥さん!」
ヒドイ!
「悪い、冗談だよ。マジ、キレイだなーって思わず見とれた」
「・・・」
鏡の前で座っている私の後ろに立って一緒に鏡を眺める尚弥さん。
尚弥さんは真っ白のタキシード。
尚弥さんの方がかっこいい。かっこよすぎるよ。
なんだかあっという間に結婚式を迎えて、今ここでこんな風にこんな姿でいることも実は夢のように感じてしまうんだけど・・・夢じゃない。
尚弥さんと再会したときは、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。

「そろそろお時間ですよ」

スタッフの女性ににこやかに声をかけられ、私の心臓はいきなり飛び出しそうなほどドキドキし始めた。
うわ。
ど、ど、どうしよう。

「じゃあ、美絵、俺は先に待ってるから」
「は、はい・・・」

世の中の花嫁さんはみんなこんなドキドキしながらこの時間を迎えるんだなぁってまるで他人事のように思ってしまった・・・。
私はスタッフに支えられてドレスを持ち上げながらゆっくりと立ち上がる。
控え室を出ると、目の前には優しい顔のお父さんが立っていた。
教会の扉の前で、お父さんと腕を組む。

どうしよう。なんかもう泣きそう。

なにがなんだかよくわからないうちに婚約までして、いきなり結婚の報告しても、お父さんもお母さんも笑顔で受け入れてくれた。
ドジでグズで、何をやってもドンくさい私をここまで育ててくれたのはお父さんとお母さん。
私のことをちゃんと見て、理解してくれた尚弥さんのために、私もいっぱいいっぱい頑張りたい。空音さんみたいに素敵な奥さんになれなくても、私なりに尚弥さんを支えていきたい。

「お父さん、ありがとう」

私が小さく声をかけると、お父さんは静かに微笑んでいた。
スタッフの合図で、扉がゆっくりと開かれる。
私の目には真っ赤なバージンロードが飛び込んできて、その先には、いつもよりかっこよくて素敵な尚弥さんの笑顔があった。


私は、この人の妻になります。



   




   



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