夏 君が微笑む   −第2部−







海棠グループが新しいコンセプトでオープンさせたという、そのリゾートホテルはまるでどこかの国のお城のような造りになっていて、敷地内もそれは広大で、まるで中世のヨーロッパにタイムスリップしたかのような気分になった。
あまりの凄さに唖然として私はきっとものすごく間抜けな顔をしていたに違いない。
ホテルメロディアーナはもともと超一流ホテルだけど、ここはまた別格というか、規模が違いすぎる。
言葉も出ない私を尚弥さんは、ぐいぐいと引っ張って、出迎えの人たちの間をスタスタと歩いていく。
あのー、私、ホントにここにいていいんでしょうか〜!?
セレモニーが行われるという広いホールの中はまるで結婚式の披露宴場のように円テーブルがたくさん並んでいて、後ろの方は報道陣とたくさんのカメラがすでにスタンバイしていた。
周りを見るとテレビで見たことのあるような人もいたりして、尚弥さんが言うとおり各界の著名人が勢ぞろいしているのだと思った。
そんな場所の、海棠家の親族指定の円テーブルに、私は座らされた。

半泣き状態になりながらも、私は動くこともできず震えていたら、尚弥さんが私の手をそっと握ってくれた。
しばらくそのまま待っていると、周りが静かになって照明が落とされた。
本当に結婚披露宴みたい。
そんな風に感じたのもつかの間だった。

正面のスポットライトの先にはサテンの薄い水色のドレスに身を包んで、今まで見たこともないような凛とした顔の空音さんと、その後ろには照明を浴びてキラキラと光るグランドピアノ。
もしかして・・・
イキナリ空音さんのピアノからなのー!?
何も知らされていない私は驚きのあまり尚弥さんを見た。けれど別に尚弥さんは驚きもせず私の顔を見てニヤッと笑った。
ひどーい!!
私が心の中で怒りを奮闘させていると、空音さんはピアノに向かって座った。

ゴクリ、と唾を飲んで・・・なんだか私のほうが緊張している気分になった。
けれど、そんな私の緊張とは裏腹に、彼女のピアノ演奏は最初の瞬間から会場のすべてを飲み込んだ。

スゴイ・・・。

私は息をするのも忘れるくらい、その音色に惹き込まれ・・・一瞬も目を逸らすことができなかった。きっとそれは私だけではない。ここにいるすべての人が同じ感覚に陥っていたんじゃないかと思う。
音楽のことなんて何もわからない私だけど、なぜだか、私の瞳からは涙がポトポトと零れ落ちた。
いつの間にか友達のようになってしまった身近な彼女が、まるでとてつもなく遠い場所にいるような気がしてきた。

「凄いよな。普段ボケーっとしてるくせに」
尚弥さんの空音さんを見つめる眼差しがとても穏やかで、やっぱり本当に好きだったんだなぁって思った。
「でも、今日はかなり機嫌悪いぞ、あいつ」
「へ?」
機嫌が悪い?どこが!?
「あいつはこういうの嫌いだからな。兄貴が頼み込んだのはバレバレだけど。あの兄貴が振り回されるんだから、あいつはかなり大物だよな〜。美絵も近づかない方が身のためだぞ」
「ど、どういうことですか?」
ていうか、なんだか酷い言いようですけど!

空音さんのピアノはそれはもう盛大な拍手で幕を下ろし、オープニングセレモニーの華を飾ったのは確かだった。
その後式典が終わると、・・・場所を移して立食形式のパーティとなった。
このパーティには抽選で当選しこの日の宿泊権を得た一般の人たちも参加するカジュアルなもので、私の気分はいくらか楽になった。

パーティはプロのダンサーやモデルさんを招待してのいろんなショーもありかなりの盛り上がりを見せていた。
そんなパーティのさなか、尚弥さんは色んな人たちに声をかけられ、気づいたらどこかへ消えてしまっていた。ポツーンと立ち尽くしているのも馬鹿みたいなので、私は壁際に置かれているソファの上に座った。
私ってまさしく壁の花?なーんて思いつつ、華やかな人たちの人物観察をしていた。
すると、どこかで見たことのある顔が私の視界に飛び込んできた。
その姿を見間違うはずはない。
そして、もう二度と会うことなどないと思っていた人物。

矢木杏奈だった。




   




   



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