7月初めの交流会。アクティビティはクラスや科に関係なく自由に選ぶことができる。
トレッキング、カヌー、マウンテンバイク、パターゴルフ・・・けっこう色々ある中で、あたしと絵梨はトレッキングを選んだ。説明を聞いていると、初心者コースで、しかも今の時期新緑がとても綺麗で歩いていて楽しい、というからだ。
高校生になったとはいえ、やはりまだ15、6歳。ついこの間まで中学生だった幼さは抜けないようで、みんなテンションが高く、ざわざわと賑やかだった。

「なんか旅行みたいだよね」
「そりゃ、旅行気分でしょうよ。実際そんなもんじゃないの?」

絵梨はくすくすと笑いながら言った。
最初はものすごい集団で出発することになったけど、時間が経つにつれて結構バラバラになっていく。先頭と後尾にはインストラクターの人がいて、後は適当にトレッキングに参加した先生たちが歩いていたりするのでまず取り残されるということもない。初心者コースだから迷うこともないし。道も歩きやすい。
あたしと絵梨も遠足気分で景色を楽しみつつのんびり歩いた。

「芸術科にかっこいい子いるって」
「え、体育科の二宮君じゃなくて?」
「体育科だったら春川君だよ」
「春川君はカヌーに参加してるらしいよ」
「やだー、あたしもカヌーにすればよかった」
「すっごい力いるってよ、あれ」

あたしたちのすぐ前を歩いていた女の子たちがきゃきゃっと話ながら歩いている。普通科の別のクラスの子たちだ。
あたしと絵梨は思わず目を見合わせた。
そう、みんなの目的はやっぱり、コレなんだよね。
せっかく違う科の子と触れあうチャンスだから。


昼間のアクティビティの後は夜の交流イベントだ。科の紹介をしてその後は、いくつかのグループに分かれてゲームをする。
あたしも絵梨も科の紹介だけは見てたけど、自由参加のゲームには参加せず、こっそり抜け出した。
宿舎の外にライトアップされた庭園があったのを密かに目をつけていたからだ。。

「あ、やっぱり綺麗」
「ホントね〜。ここ管理してる人が趣味でやってるみたいよ」
「趣味の域でここまで本格的に・・・ってすごいよね。うちの学校も、本格的にやってみよっかな」
「あはは。敷地内広いよ?ガンバレ、園芸部」
「農業科と協力しあえばけっこーできそーな気もするんだけどな」

まるでイングリッシュガーデンのような本格的な作りになっている庭のアーチをあたしは眺めながら考える。
うん。バラは高いから予算じゃ無理だろうけど。
色々思いを巡らせながら歩いていると、宿舎に隣接する広いホールからは賑やかな声が漏れてくる。

「絵梨はよかったの?」
なんだか、あたしが無理矢理引き連れて来るような形になってしまったから。
「男作りにきたわけじゃあるまいし。今更新しい友達増やしてもねぇ」
「そりゃ、ね」

絵梨はこういうところサバサバとしている。
あまり人と交流したがらないし、きっとあたしがいなければ一匹オオカミ的な存在だ。
そんな絵梨とは中学校以来の付き合いで、趣味も性格も全く違うのに、なぜか気が合う。
気が合うというよりは波長が合う、というのかもしれない。
最初出会った頃なんてお互いほとんどしゃべらなかった。
それなのにしゃべらなくてもなんとなくお互いのことがわかったり、常に意識しなくてもなぜか気がつくといつの間にか一緒にいた。
あたしの家は事情が事情だけにあまりプライベートなことは話せなかったから、彼女の存在にはいつも救われている。いまではもう、うちの事情もほとんど知られているけれど。

「あ、マズイ。電話しなきゃ」
絵梨がめずらしく慌てたように言う。
「家?」
「そうそう。ケータイ部屋に置いてきちゃったよ。ちょっとかけてくるわ」
「わかった。あたしもう少しフラフラしてる」
「暗いトコ行っちゃダメよ〜」
「はいはい。早く行きなってば」

絵梨の家もけっこう大変だ。
いや、もちろんごく普通の家庭には違いないんだけど。
なんというか、双子の弟たちと妹が1人いて、まだ保育園児なのだ。
両親は共働きで、ほとんど絵梨が3人の世話をしている。そのせいもあって、3人の保育園児たちは両親よりも絵梨にべったりだ。
今回の1泊も、出てくるときはとにかく大変だったらしい。
夜寝る前には必ず電話する、と言ってやっと納得してくれたらしいけど。
あたしには兄弟はいないから、絵梨の家に遊びに行くと小さな子どもたちがかわいくてたまらない。

「・・・?」
その時、あたしは誰かの声が聞こえたような気がして、辺りを見回した。

「・・・ぁ。・・・・・・め、こ・・・な・・・・・・・・・」

今度ははっきりとあたしの耳に届く。
誰だろう?

「あっちの方から聞こえるね」
「え」
「しっ」

イキナリ耳元で囁かれあたしは思いっきり心臓が飛び跳ねそうになる。
よく見ると、後ろに立っていたのは柴田君だった。
いつからいたんだろう。

「柴田君もサボり?」
「失礼な。ちゃんと参加してたよ。暑くなって少し風に当たろうと思ったら咲原さんが見えたから」
「あ、そっか」

クラス委員の柴田君が参加してないとあとで担任に何か言われそうだ。
納得したと同時に一つの影が走り去って行くのが見えた。
「湖南さん・・・?」
「え?」
あたしのつぶやきに柴田君があたしの視線と同じ方向を見る。
ライトアップされただけの庭園だったけれど、すでに暗い中で目も慣れていたあたしにはその姿が確認できた。


しばらく何も言えず立ちつくしていると、湖南さんの走ってきた木陰の方からゆっくりと現れたのは、原田先生だった。



   




   



inserted by FC2 system