金曜日。霧のような雨が降っていて、傘を差そうか迷ったけれど、やっぱり服を濡らしたくないので差すことにする。
学校から一度家に戻って服を着替えて、少しだけお化粧もした。
高校に入ってから先生と外で会うのはこれが初めて。さすがに先生と生徒だし、前みたいに気軽には会えなくなってしまった。その分毎日学校で見かけることはできるけど。
髪型も変えて、なるべく生徒だってばれないように頑張ってみた。あたしは手鏡を取り出して、何度か確認した。
うん、パッと見はわからない、はず。
待ち合わせ場所は駅のロータリー。
こういうの、ドキドキする。
まるでデートみたい。

目の前に見慣れた車が止まって、あたしは急いで助手席に乗り込んだ。

「ごめん、ちょっと遅くなった」
「大丈夫だよ。あたしもさっき着いたし」

先生はきっと学校から直接来たのだろう。

「金曜だから誘われたりしたの?」
「んー、まあさっさと逃げてきた」

先生はよく女の先生に誘われている。
先生から誘うってことはまずないから。

「行かなくていいの?」
「別にいい。歓迎会やら送別会には行ってるから。美月はそういうこと心配しなくていいよ」
「うん」

こういうところ子ども扱いなんだよね。
心配してるんじゃなくて、気になるんだもん。

「それにしても今日はまた随分大人びた格好で」
ちらりと横目であたしの姿を見た先生の言葉にあたしは思わず笑みがこぼれる。気づいてくれた。
「えへへー。高校生になったしね!」
「美月は自分に似合うものよくわかってるよな」
「それって褒めてる?」
「褒めてるんだよ。最近は高校生でもブランドもの持ってたりするけど、似合ってるとは言い難いしな。まあ全員に言えることではないけどね」
「ブランドものねー。だってやっぱりまだ不釣り合いな気がするもん。なんというかもう少し知性とか女らしさとか身につけてからってあたしは思う」

値段やブランドで決めるのではなくて、あたし自身に釣り合う、一番似合うものがいい。
あたしはそう思うから。

「知性と女らしさね」
「あ、何?バカにしてる?」
「いや、美月らしいな、と。初めて会ったときはまだ小学生だったのに」

そうだ。先生と初めて会ったのはまだランドセルを背負う小さなあたし。
あの頃から、先生はいつも側にいる。
当然のように。

「どこまで行くの?」
車はあたしの知らない場所を走っている。
「さすがに学校周辺はまずいから」
「あはは、そうだよね」

高校だけでなく短大や大学まであって一種の学園都市化している街だから、学生寮も周辺に点在していてどこで知り合いに会うかわからない。

「何食べたい?リクエストあれば聞くけど」
その言葉に、あたしは一つの場所がすぐに思い浮かぶ。
「居酒屋!居酒屋に行きたい!」

身体を先生の方に向けて大きく叫ぶように言った。
先生はちょっと呆れたように、子どもが飲み屋に行ってどうするの、という顔をしている。

「ほら、子連れでも入れるお店もあるでしょ!お酒は飲まないから」
「当たり前だ」
「一度行ってみたかったんだよね〜。お願い!いいでしょ?」
あたしは身を乗り出して、ハンドルを握る先生の腕に軽くしがみついた。
「わかったから。前を向いて座っていてくれ」
「やったー!」

先生はたいていのお願いなら、聞いてくれる。
困った顔をしながらも、あたしには甘いのだ。
それを知ってて、お願いするあたしはやっぱり確信犯かな。



「きゃー、憧れの居酒屋」
「居酒屋に憧れるのか、最近の女子高生は」
「え、そういうわけじゃないけどさー。なんか大人な気分になるじゃん」
「そういうもんかな」

隣町の、学生が来ないようなちょっと高級チックな居酒屋に、先生は連れてきてくれた。
まだ時間が早いのか車の数は少ない。
あ、でもそっか。飲酒運転はダメだから車で来る人は少ないのかもしれない。
中に入ると、ちょっと薄暗くて通路も狭いから、なんだかお化け屋敷みたいだなって思った。それになんだか入り組んでて迷路みたい。これ、絶対出るとき迷いそうだよ。
案内されたのは2人がけの席。半分個室のように仕切られているけど完全な個室なわけではない。
通路を挟んだ隣の4人席は丸見えだ。

最初に飲み物の注文を聞かれたけど、先生はあたしに有無を言わせずもちろん烏龍茶を2つ頼んだ。車だしね。
それにしても居酒屋でお酒を頼まないのもなんだか悪いような気になってしまう。
あたしはメニューをぺらぺらとめくりながら、写真はどれもおいしそうに見えるなーなんてつぶやいて、かなりテンションが高い。

「先生、生春巻きとサラダ、どっちがいい?あ、シーザーサラダおいしそう」
「あー、もうなんでもいいから好きなの頼んでいいよ」

あ、先生、あたしとの闘いは放棄ですか。いつものことだけど。

「あたしが全部頼んでいいの?」
「いいよ」

あたしは金髪の学生っぽい従業員のにーちゃんを呼びつけると、適当に目についたものを頼んでいった。
ちょっと頼みすぎかな、と先生の顔をちらっと見たけど、先生はただ呆れたように頷いていた。

「烏龍茶で乾杯ってなんか変だね」
「オレンジジュースにすればよかったか?」
「ダメ。甘いから太る」
「そういうと思った」

中学に入ってから生理が始まったり、体格が女らしくなってきたおかげで、体重もぐんと増えた。
先生は『細い方だから気にしなくてもいいのに』って言ってくれるけど、やっぱりオトシゴロなので気になるよね。

やっぱりこう、いつでも一番キレイなあたしでありたいから。
少なくとも先生の前では。




   



   

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