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ぎゃーーーーーーー!!!
何コレ。何このスゴイ人だかりはっ。
「さすがよね〜。『ディオサ・ブランカ』ってだけでコレよコレ」
「絵梨ってば随分余裕ね」

ショーの行われる2000人収容できる第3体育館はすでに満席状態。演劇部の喜劇公演後、出て行く人はいないけど、入ってくる人は止めどない。
あたしと絵梨の他は芸術科芸能コースの美人さんたちだ。
なんだか浮いているような気が、しないでもない。

「美月ちゃん、絵梨ちゃん」
この声は。
「西尾先生」
にっこりと爽やかな笑顔を見せるこの男もまた、ものすごい格好をしているけれど・・・。
「緊張しなくて、いいからね。練習通りにやれば大丈夫♪」
これが緊張せずにいられるか、っての。
軽く睨みつけると、西尾先生はそっと耳元で囁いた。
「戻ってきたら、第3控え室に行ってごらん」
「え?」

西尾先生はウインクすると他の生徒たちの方へと行ってしまった。
一体なんだったの、今の。

「どうかした?美月」
「ううん、なんでも」
「ならいいけど。さあ、はりきっていきましょ」
「絵梨・・・そうだよね。こんな経験できないしね」

そう、こんな経験そうそうできるわけでもない。
気持ちを切り替えて・・・。
あたしはしっかりと背筋を伸ばして舞台に視線を移した。



 * * *



第3控え室ってどこよ〜?
ただでさえ目立つ格好してるのに、ウロウロしたくないんだけど。
ひらひらと足にひっかかる衣装を両手で持ち上げながらあたしは急いで、西尾先生の言っていた第3控え室に向かった。
西尾先生が何を考えているのかさっぱりわからなかったけれど、逆らうとまた何をやらかされるかわからないし。さっさと着替えたいし!

トントン。

「失礼しま〜す」

おそるおそる、扉を開けた。
その瞬間、あたしの瞳に飛び込んできたのは・・・

「・・・お、とう・・・さん?」

思わず口からこぼれてわたしは慌てて口を手で覆った。
ほぼ初対面で・・・失礼極まりない。
全身黒い服に身を包んだ、背の高い男の人。
彼は、あの日、お母さんのお墓で見たあの男の人に間違いはなかった。

彼の目が優しくあたしを見つめた。

「みつき・・・」

微かな低い声でそう・・・あたしの名前を呼んだ。
そうだ。彼は喉を痛めて・・・手術をしたんだった。普通に話せるけれど、昔のような高音を取り戻すことはできなくなったのだと・・・そう聞いた。
これはきっと、天野先生と西尾先生が仕組んだことだ。
あたしは咄嗟にそう思った。
西尾先生はデザイン関係で音楽とは関係ないけれど、そう言う業界に詳しいから・・・きっとどこかで音楽関係者の人に頼んでくれたに違いない。
「ショーが終わったら素敵なプレゼントを用意しておくよ?」
なーんて言ってたし。
だからっていきなりこんな風に会わせられても、どうしていいかわからなくなってしまう。

「あの・・・」

あまりにもじっと見つめてくる優しい眼差しに、あたしはますます何も言えなくなってしまった。
ほら、テレビとかでよくあるじゃない。
何年も会ってなかった親子が感動的な再会をするやつとか!
あんな風に・・・
その瞬間、そっとあたしの両手が大きな手に包まれた。

「ご・・めん」

小さな壊れそうな声があたしの心に届いた。

あたしの・・・お父さん。
お母さんが、愛した人。

「おとうさん・・・」

あたしは背の高いおとうさんを強く抱きしめた。
なぜだかわからないけれど、そうしたかった。
ずっとずっと、おとうさんは、苦しんでいたんだと思ったから。

「おとうさん、来てくれてありがとう」




   



   


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