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月ヶ原学園の学園祭は半端なく大規模だという噂は本当だった。
3日間に別れて行われる文化祭=学園祭は体育祭も兼ねているため全校生徒がとにもかくにも忙しい。
学園祭の一週間前から授業は午前中までの短縮授業。
先生も生徒も一丸となって取り組む一年で最大のイベント。
これには少しわけがある。
この学園祭は各界のお偉い様方も注目していて、体育科、芸術科、といった高校では珍しい専門科がある故に、その分野での新しい才能の発掘にやってくるらしい。もちろん覆面で一般の来場者に混じって。

この学園祭でスカウトされた卒業生は後を絶たないし、様々な分野で卒業生が活動している話は、入学説明会で聞かされた。
というわけで専門科の生徒たちはここで進路の分かれ道になるものだから、特に気合いが入っている。
普通科はあまり関係がないか、といえばそうでもなく。
クラスの出し物と部活での出し物とでけっこうみんな忙しそうだ。
ウチのクラスは無難にヤキソバ屋。人気高いけど、ここは生徒会にいる柴田君のコネでヤキソバ屋ですんなりOKが出た。

「絵梨は行かなくていいの?」
「え、だってうちの部は基本的に個別活動だしね」
絵梨は文芸部だ。文芸部では個人やグループで本を作って売るらしい。
「美月こそ」
「あーまあそこそこやってるし」

園芸部は学園で育てたハーブや花の苗を販売することになっている。
一苗ずつポットに移し替えていく作業があるけれど、これは学園祭前日の作業になる。ぎりぎりまで肥沃な大地で育てた方がいいし。
なんてことで、あたしたちは必然とクラスの出し物の作業中心になってしまう。

「絵梨んとこ、双子ちゃんたちも来るの?」
「あー、来るでしょうよ。はりきってオシャレしてくるでしょうよ」
「あはは。可愛いからいいじゃん」
「まあね。もう今から服選びで毎晩大変よ」

あたしたちは誰かがレタリングの下書きをしたでっかい看板の文字に絵の具で色を塗りながらのんびり作業。
廊下の方ではバタバタ走り回る音が絶えないけれど、そんなの気にしない。

「音楽科のコンサート、なにげに楽しみ。Mホールに入り浸りそうだわ」
「あー、すでに芸能活動してるバンドも出るんだったね」
「それにピアノソロ、同じ1年の子らしいよ。ちょっと興味あるよね」



帰りに地学講師室を覗いたけど、先生はいるはずもなかった。
天野先生は、今年2年の副担任をしている。きっと2年の教室で手伝いをしてたりするのだろう。
こういうとき、少しだけ寂しい気持になる。
あたしだけの先生じゃ、ないんだな、と。
文化祭の準備が始まってから、あたしたちはほとんど会わなくなった。
週に2回の生物の授業だけだ。
あとは電話をくれるけど、あまり長電話はしない。

「先生のこと、好きです」

はっきりと、その声が聞こえてきたのは理科教室だ。
聞くつもりはないけど、聞こえてしまうから仕方がない。
ドアが少し開いていて、あたしはちらちと中を見る。
そこに天野先生の姿を確認すると、一度ため息をついてその場を後にする。
先生はもてる。
もてるのは知っているけれど、なんとなく面白くない。
きっとこんな風に何度も告白をされてきたに違いないんだろうな、と思うとなんだか良い気分にはならない。

「お待たせ」

あたしは昇降口で待つ絵梨に声をかける。
「先生、いた?」
「いるにはいたけど、告白されたよ。2年の人に」
「はっはー。相変わらずデスね」
「そーデスね」
「恋人としてはどーゆう気分?」
「だって今更。前からじゃん」
「ふーん」

にやにやしながらあたしの顔をのぞき込む絵梨はあたしの心を見透かしているようだ。
今まで特に嫌な気持にはならなかったけど、恋人に昇格したとたんこんな気持になるなんて。
それに恋人、と言っても、前と何が違うか、と聞かれても違いなんて全くない。
まだキスだってしていない。

「まー学園祭終われば、大丈夫よ。あ、そういえばさ、西尾先生が学祭で小さなショーをやるみたいでモデルやらないかって」
「はあ?」
まだ言ってるのか、あの人は。

「絵梨も誘われたの?」
「うん。一度は断ったけど。あたしと美月で一緒にどうかって」
「一緒に?」
「学祭のショーだし、みんな素人だし、ショーで着る衣装くれるってよ」
「やるの?絵梨」
「美月が一緒ならいいかな、と」
「めずらしいね、絵梨がそういうの出るって」
「だって、アナタ。『ディオサ・ブランカ』よ?高く売れそうじゃない?」
「・・・そ、それが目当て?」
「いや、まあそれだけじゃないけど。思い出にもなるし、西尾先生が来年度もウチの講師するかわかんないし。今年だけかもしれないでしょ?美しいお姉様を見たら愛しの弟たちも惚れ直してくれそうだし」
「あー。確かに喜ぶね、あの子たちなら」
「でしょ?」

確かに、学園祭だけならいいかもしれない。


なんて返事をしてしまったものだから、西尾先生、いきなり目の色変えてはりきり始めた。
いつものやる気のない態度とはうってかわるものだから、思わず別人じゃないかと思うくらい。

「美月ちゃん、ただの学祭、なんて思っちゃダメだよ?」

西尾先生の悪魔のつぶやきを聞いた時にはもう既に遅かった。





   



   


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