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「へー、そんなことがあったんだ」
「なんかこうあっけなく幕切れって感じ」

原田先生に振り回されてたことが嘘のように。
「えー、でもいいじゃない。本当のことがわかったんだし」
「そうだね」

あたしたちはこそこそと授業中に会話をする。
理科教室は実験もあったりするから、グループごとに座ることができる。しかも窓際後ろだし。
なんていう甘い考えは、次の瞬間消し飛ばされる。

「咲原サン。この問題、前に出てやってくれる?」

ぎゃっ。
前を向くと、冷たい先生の視線が真っ直ぐに突き刺さる。
さっきまで黒板に板書してたはずなのに、いつの間にこっち向いたのよ。
「は、はい」
あたしは渋々立ち上がる。
「さすが。容赦ないわね」
絵梨がにやっと笑ってつぶやく。
なんで見てるわけ。
ていうか、見逃してくれたっていいじゃん!今日くらい。
と怒りの目で軽く睨みつける。
先生は涼しい顔で、あたしが黒板の前に立つのを眺めてる。
たとえ、しゃべってても、こんなとこで「わかりません」なんて言うほどあたしはバカじゃないんだから。
と心の中でささやかな抵抗をしつつ、さらさらと解くと、今度は完全に無視して通り過ぎてやった。
席に戻ると、絵梨が必死で笑いを堪えてる。

「なによ、もう」
「だって、美月、わかりやすっ」
「だってムカツクんだもん」
昨日まではあんなに良い雰囲気というか甘甘で優しかったのに。
いくら授業って言ったってこんな意地悪なことしなくてもいいじゃない。
「それだけ美月のことばっか見てるってことじゃないの〜?」
絵梨が耳元で囁いた。
「な、何言ってんのよッ」
あたしは思わず赤面。そんなはずないそんなはず。
「そこ、うるさい」
今度は一喝されてしまった。



「あはははは。大変だねぇ、美月ちゃんも」
「もう鬼ですよね」
地学教室に来ると出勤日には必ず居座っている西尾先生とすっかりお茶飲み友達のようになってしまって、いつものように愚痴ると大笑いされる。

「まあでも、ほら彼なりの愛情だから」
「どこが、愛情なんですかぁ?イジメとしか思えないんですけど」
「好きな子ほどいじめたくなるもんなんだよ」
「それって小学生レベルですよ?」
「男はいくつになってもコドモだからね〜」

「おい」

ああ、現れました。噂のヒトが。
「ここで何やってんだ。西尾がなんで普通科棟にいるんだよ。美月ももう帰れ」
地学教師室はすでに乗っ取られ状態の天野先生の表情はちょっとお怒り気味。
「えー、天野センセーってば厳しい〜。招待講師の休憩室っていろんな有名人がいるから怖いんだよね〜」
西尾先生は甘えた声で先生に迫っている。自分だって有名人のくせに。
この二人のやり取りは見ていて面白い。
だっていつもクールな先生が西尾先生の前では少年ぽくなるから。

「じゃあ、あたしは帰ります」
「え〜!もう少しいいじゃーん」
「でも、最近暗くなるの早いですし」
「いいよ、僕が送ってあげるから」

語尾にハートマークがつきそうな勢いだ。相変わらず西尾先生は完璧な笑顔を向けてくる。
この笑顔に落とされる女生徒が後を絶たないことはすでに有名になっている。
この軽ささえなければいい人なのに。

「結構です」
「相変わらずだね」

くすくすと笑う西尾先生を前にあたしはさっさと帰り支度。

「そういうセリフは恋人に言ってあげてくださいね」
あたしも負けずに笑顔でお返事。

「美月ちゃんはつれないね〜。モデルの話もうやむやにされたし」
「え、まだ本気だったんですか?」
「本気も本気。ちょー本気」
先生、おいくつですか。と言いたくなるような言葉を平気で言うところが西尾先生らしい。

「西尾、その話はもうするなと言っただろ」
さっきまで静観してた先生が口を挟む。

「僕は美月ちゃんと交渉してるの」
その言葉に保護者兼恋人様はお怒りモードに突入していく。
「えーっと・・・。丁重にお断りさせていただきます」
とりあえずはっきり言っておこう。
天野先生はあたしがモデルをやるのには大反対。
あたしだってやらないって言ってるに。
「え〜!」

「じゃ、あたしはこれで帰りますので〜」
逃げるように、椅子に立てかけておいたカバンを掴む。

「美月」
「え?」
天野先生があたしの腕を掴んで身体を引き寄せられる。
「今夜電話する」
「あ、うん」
わざわざこんなことを口にするのは珍しい。
そして、耳元で小さく囁かれた言葉に思わず絶句した。

「愛してる」

真っ赤になるあたしを西尾先生はニヤニヤと見つめていた。





   



   


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