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溺れたといっても少し水を飲んだ程度ですんだあたしは、翌朝退院することができた。
学校へ登校できたのはそれから3日後。
至って元気だったあたしを強引に休ませた先生と、おじいちゃんおばあちゃんのおかげで、家ですることもない。
学園長先生と担任の先生がうちまで謝罪に来てくれたりしたけれど、あたしは何かをされたこと、というよりはただあの男が自分の父親かもしれないと考えただけで、気分が悪くなった。
こんな嫌な気持になるくらいなら、父親のことを知りたいなんて思うんじゃなかった。
そんな後悔だけを抱えながら。
登校したら、絵梨からは一体何があったの、と詰め寄られた。一応電話で簡単に説明はしてたけど、それじゃ足りなかったらしい。
学校側とは何度か話し合いをした。学校側は即刻原田先生に免職処分を与えていたが、今回のことについてあたしは学校内のことだけで済ませてもらえるように頼み込んだ。
公になればあたしのことは多少なりとも話題になるし、しかもあたしは『大月みさき』の娘だ。故人の娘だとしてもマスコミに面白おかしく報道されることにもなりかねないから。
けれど、本当の理由は、原田先生が父親かもしれない、と心のどこかで思っていたからだ。



学園長室を出ると、柴田君が立っていた。
「大丈夫だった?担任から迎えにいくように言われて」
「うん。ありがとう」
柴田君はクラス委員だ。
学園長室は、あたしたち1年の教室のある建物とは別の場所にあるためにわざわざ迎えにきてくれたのだろう。
頼りなさそうに見える担任の先生だけど、なかなか心遣いがあるじゃないの。
あたし一人歩いてたら目立ちそうだし。
いくら警察沙汰にしなかったとはいえ、朝から噂の的であることは間違いない。

”プールに落ちて溺れた子”

プールで溺れるって・・・かっこわる・・・。
そこに原田先生が関わっていたかいなかったか、ということはかなり曖昧な噂となっていた。
だからプールで溺れた、という真実だけが残っている。
目撃していたのは湖南さんと柴田君を始めとする生徒会役員の数人だけだ。
だからその程度の噂でとどまった。
柴田君はあたしが湖南さんに連れられて行くのを偶然見かけたらしく、しかも向かっている場所が体育館だったので、怪しいと思って一緒にいた生徒会役員の人たちと後をついてきてくれた。さすがというか、そういうところの判断力には感謝してしまう。

「咲原さんて」
「え?」
「咲原さんと天野先生って付き合ってるの?」
「ええ!?なんで?」
あまりに突然そんなことを言われたものだから、あたしは思わず大声をあげてしまう。
「あ、違うんだ?」
「違うよ」

原田先生にも誤解されてたけど。
「なんか、天野先生必死だったから」
その言葉を聞いて、あたしはなんだか嬉しくなる。
「あー、うん、まあ家族みたいなものだからかなぁ」
「家族?」
「うん。前に言わなかったけど、あたしが小学生の頃から知ってるんだよね。元家庭教師だし」
「そうなんだ?そっか・・・それで・・・」

柴田君はうんうん、と頷いて妙に納得していた。
間違ったことは言ってないし。変なことも言ってないよね。
お母さんの恋人だったってことはなんとなく言いたくないというか、あまり口にしたくない。

「あ、でも内緒ね。ひいきとかされてるわけでもないのにそういう風に思われたりするし。あんまり知られるとよくないっていうか」
「うん。言わないけど。でも確かに授業中でも、容赦ないよね」
「でしょ?鬼よ鬼」
「ハハハ」
授業とそうでないときの差は激しすぎる。
「て、ことは俺にもまだチャンスはあるのかなあ」
「え?」
「いや、なんでも」
柴田君は意味深な笑みを浮かべている。
一体なんなの。

その時、ふと絵梨の言葉が頭に浮かぶ。
柴田君てあたしが好きかも?とかなんとか言っていたような。

まさかね・・・。




そうして、噂だけは残ったけれど、大きな騒ぎになることもなく、あたしはすぐに普通の生活に戻った。




   



   


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