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学校へ行ったり、絵梨とショッピングに行ったり、と日々過ごしているうちに長いと思っていた夏休みはあっという間に終わってしまう。
夏休みっていつもそう。
最初は長いなぁと思うのに、終わってしまえば、あっという間。
始業式の朝、バタバタと走り回るあたしを眺めながらいつものごとく、おじいちゃんが「せわしない孫だなぁ。」なんてお茶をすすっている。
だいたい女の朝は大変なのに、それに加えて久々に朝早く登校なので、どうしても余裕がなくなってしまうのだ。
夏休みはけっこう自由気ままで、好きな時間に学校へ行ってたし。

「美月、祥吾さんに持って行ってあげて」
「なにこれ」
「おみやげ」
「えー!学校じゃ渡せないよ」

おじいちゃんとおばあちゃんと一緒につい先日温泉へ行った。夏休みの終盤は人も少ないし、安いからだ。その時、おばあちゃんが何やら大量におみやげを買ってたのは知ってたけど。ご近所に配ったのだとばかり思ってたのに。

「いいじゃないか。学校での密会」
「密会・・・っておばーちゃん、今度は何のドラマにはまってんのよ」
「教師と生徒の禁断の愛の物語」
「・・・ハイハイ」

おばあちゃんはなにげにそういうロマンスが好きだ。
まだ50代という若さもあるのかもしれないけど、なにせ18の時におじいちゃんと駆け落ちした人だからなー。
自分こそロマンスの中で生きている人。
18で駆け落ちしたおばあちゃんに、18で妊娠しちゃったお母さん。その血を受け継いでるあたしってどうなのよ。
あたしは18でどうなるの?とか思っちゃう。いや、どうにもならないと思うけど。
結局おばあちゃんに強引に紙袋を持たされ、あたしは急いで家を出た。



始業式は年に数回しか見かけない学園長の話が妙に大ウケする。
退屈な学校の始業式、というのはうちの学校では当てはまらない。だからこそ、遅刻者も少なかったりする。
その後、今学期の招待講師の紹介があり、夏休み中に行われた部活動の公式試合の表彰式が行われる。
当然というか、うちのクラスからは湖南さんが壇上に上がっていた。彼女は2年からは体育科に転科することがほぼ決まっているらしかった。
教室に戻る時、あたしは一瞬だけ原田先生と目が合ってしまい、すぐに隣にいる絵梨の方を向いた。
先生はあたしを見ていたんだろうか。
お母さんによく似たあたしを。
夏休みの間は忘れてしまっていた時間が再び流れ始めるのを、感じていた。

「美月、すぐ帰る?」
「あー先生に用事があるんだ」
「そうなの?すぐに済むなら待ってるけど?」
「あ、いいよ。子どもたちいない間にテスト勉強したいでしょ?」
「まあね」

始業式が終わると、各自宿題を提出して解散になる。
一番楽な一日。
といっても、普通科は明日から夏休み明けのテストなんてものがあるから、みんなさっさと帰って勉強するはめになるのだけど。
絵梨にとっては小さい弟たちが保育園に行っている間が唯一の時間だから。

「じゃあ、お先にね」
「うん、また明日」

それにしても絵梨はいつ勉強してるんだろう。
なにげに成績優秀で、期末だって総合5位。中学の時なんて、あたしと絵梨がいつも1位2位を争うくらいだった。

地学講師室の前まで来て、いつものようにドアを開けようとしたら、イキナリ勝手に開いてあたしは思わず、ぎゃっ、と変な声をあげてしまった。
「おや」
その声の主を見上げると、金髪で服装も派手な男があたしを見下ろしていた。
誰、この人。

「噂をすれば美月ちゃんかな?」
「え?」
何でこの人あたしの名前知ってるの。しかもちゃんづけって馴れ馴れしい。
「西尾」

ドアの向こうからはあたしのよく知る先生の声。
もしやこの派手な男は先生の知り合い?

「美月、どうした?」
先生が派手な男の横に並ぶ。
うわ、すごい。
全然タイプは違うのになぜか絵になる二人をうあたしは思わずまじまじと見つめてしまった。

「美月?」
「あ、えーっと」
「あー、とりあえず中入って」

先生はあたしが気まずそうにしていると講師室の中へと招き入れてくれる。
いつもはどかどか入り込んでいくけれど、お客様ならさっさと帰ろうと思ったのに。
だって学校関係者だったりしたら、こんなもの渡したりなんてマズイんじゃないかと思うし。
なんていう心配はあまり必要なかった。

「西尾雅之です。天野祥吾センセイとは高校時代からのオトモダチ。よろしくね」
派手な男は、見かけによらず丁寧に自己紹介してくれた。
「咲原美月です」
「すぐに分かったよ。やっぱりかわいいねー。というかキレイだねー」
「ど、どうもデス」

お母さんが女優をするほどだから、そこそこだとは思うけど、あまりそういうことをはっきりきっぱり言ってくる人はいない。やっぱり見かけどおり女慣れしてそうな男だ。

「祥吾ってば美月ちゃんのことかわいくてたまらない感じだからさ」
「西尾!」
めずらしく先生が取り乱しているのがわかった。
「あ、オレね今学期、芸術科の方で招待講師でよばれたんだ。月、木にはいるから遊びにきてね、美月ちゃん」
「西尾、お前もう帰れ」
「なんだよ、いいじゃないか。やっとお近づきになれたんだし、ね?」
「はぁ・・・」

そういえば、招待講師の紹介の時に、やたらと女の子たちが騒いでいたのはこの男のせいだったのか。
ぼーっと聞いてたから気づかなかった。
それにしてもこんな男が講師なんてしていいのか、なんて思うけど、確かに芸術科はなんというか派手な人も多いし、変わった人も多いからこういう男が講師でも問題ないのかな。

「美月は?なんか用事?」
「あ、うん。コレおばあちゃんから」
あたしはやっとここに来た目的を思い出して先生に紙袋を差し出した。
「なに?」
「おみやげ。この前温泉行ってきたから」
「ああ、なるほど。ありがとう」
「じゃあ、あたし帰るね」
「ああ。気をつけてな」
「えー、もう少し話しようよ」

残念そうにあたしの前に立ちはだかる派手男は甘い声でそう言ったけど。
「西尾」
先生の冷たい視線が派手男にささる。
「ハイハイ。またね、美月ちゃん」
天野先生に牽制されて派手講師は両手を振ってきた。

「さようなら」
あたしは一応、頭を下げた。これでも先生らしいから。


高校時代からのお友達、といってたけどあの二人がどうやって仲良くなったのか、少しだけ謎だった。



   



   


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