15


先生が電車が動かなくなってしまった駅まで迎えに来てくれた。
徐行運転での運行再開のアナウンスが流れていたけれど、あたしは駅前のロータリーで先生の車を待った。
車に乗り込むとすぐに先生の顔を見る。

「先生、怒ってる?」
「なんで?」
「相談せずに、吉井花恵さんに会いに行っちゃったから」
「ああ。別に怒ってないよ」
ん?これが理由じゃないんだ。
じゃあなんでこんなに無表情なの。

「もしかして何か用事があったの?」
「いや、ちょっと色々あってね。所在確認?」
「なにそれ」
「まあ無事ならいいんだ」
「意味わかんないよ」
「気にするな」
気にするな、と言われても、微妙に怒ってるような気がするし。
「それより。後ろの紙袋」
「え?」
あたしは先生に言われ、後ろの座席にあった紙袋を右手を思いっきり伸ばして掴む。

「なに、コレ」
「美月にプレゼント」
プレゼントって誕生日プレゼントはもらったし、しばらくお祝い事もイベントもないはずだけど。
なんて思いつつ開けてみると。
「ケータイ!?」
「うん」
しかも新機種で、デザインがあたし好みのCMで流れてたやつだ。
「なんで?」
「連絡取れないと不便だから」
「あたしあんまり使わないのにもったいないよ、お金とか」
「どうせ、美月は使わないからたいした金額じゃないだろ?」
「でも・・・」
どっちにしても先生が支払ってくれるってことになるわけで。
「俺の手の届く場所にいて欲しいだけだから」
「えっ」

それってなんだか、恋人に対する言葉みたいなんですけど?
全く表情を変えずに運転している先生の横顔に心の中で問いかける。
一体、どういうつもりでそんな風に言ってくれているのだろう。
いくら恋愛音痴なあたしでも、ドキドキしてしまうんですけど。
先生にとってはなんでもない言葉なのかもしれないけど。

はぁ・・・。

あたしは先生に気づかれないように小さくため息をついた。
それにしてもすごいタイミング。
ついさっき、やっぱり携帯電話があったほうが便利だな、と思ったばかりで。
先生はあたしの心の中が読めるんじゃないかと密かに思ったりしてしまう。

「あ、じゃあ先生の番号とアドレス登録・・・」
「してある」
「・・・」

あ、そーデスか。

「先生って過保護だよね」
あたしがお母さんの娘だから。
「過保護というか、ずるくて卑怯なだけさ」
「どこが?」
「さあな」
変なの。



先生はなんでもあたしのことを知っているし、分かっている。言葉にしなくても伝わることが多すぎて、あたしは随分と居心地が良くて、なかなか離れられないでいる。
絵梨の言うとおり、こんな人が側にいるから彼氏なんてできないんだ。
だって先生といる方がずっと楽しいし、安心できるし、落ち着けるし。

「それで、今日の小旅行の感想は?」
「楽しかったよ。すごくいい人でねぇ。お母さんの高校時代のこと色々教えてもらった」
「そうか」
「お父さんのことはやっぱりよくわからないけど」
「うん」

あたしはそれ以上しゃべらなかった。
先生も何も聞いてはこなかった。
先生が迎えにきてくれたおかげで、予想よりも遙かに早く家に着いた。
おばあちゃんは先生にもご飯を食べていくように言っていたけど、さすがに今の立場ではよくないと言ってあたしを送り届けるだけで帰って行った。
そういう先生の誠実なところをおばあちゃんもおじいちゃんもすごく気に入っていて、嫁に行くならああゆう人にしろとか口うるさい。というか、手放すんじゃないとか勝手なこと言ってるし。
二人は、先生がお母さんの恋人だったことを知らないから。
あたしだって先生ほど良い男はなかなかいないと思う。
だけど、好きな人が母親の元恋人ってどうよ?
だってお母さんが生きてたら、もしかしたら父親にもなってたかもしれない人なのに。
今となっては好きになってはいけない人ではないけど、
けど、もしもあたしが先生を好きだなんて言ってしまえば、今の関係は崩れていくような気がして、それがあたしは一番怖い。
だって、少なくとも今までとは同じでなくなるし。
先生はあたしのことを恋人としてなんて見れないだろうし。
傷つくのがわかっているから、あたしの中で先生は対象外になっている。

いつかは離れていく人。
離れなければいけない人だと、自分に言い聞かせながら。



その夜、あたしは不思議な夢を見た。
サングラスをつけた背の高い喪服姿の知らない男の人があたしのことをじっと見つめている。
何か話しかけてきているのに、あたしには全く聞こえないのだ。
そのうちにどんどん距離が離れていって、その男の人は一生懸命あたしを追いかけてこようとしているのにあたしには届かない。

あたしはただ、その男の人を見つめているだけだった。



   



   


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