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「くーやーしーいー!」
「いいじゃないか、学年では最高点だよ。しかも何?総合でも3位だろ」
「ヤダ。生物だけは満点とって先生に仕返ししようと思ったのに」
「何の仕返しだよ・・・」
「授業中当てまくるから」
例のごとく、地学教師室で愚痴るあたし。
「あのな・・・」

総合3位より何より、先生の科目で100点を取りたかったんだよ。
あたしは手元の答案用紙を見つめる。
97点。
決して悪い点数じゃないけれど。

「国語じゃあるまいし、漢字間違えたくらいでマイナスにしないでよ。鬼」
「鬼でけっこう」

『共生生物』を、何をとちくるったのかあたしは、『供生生物』と書いてしまったのだ。勢いでにんべんを付け加えてしまったバカなあたし。普通ならありえない間違いだ。
しかもそれくらい見逃してくれればいいものをご丁寧に赤ペンででかでかと直してくれちゃって。
見た瞬間イヤミか!?と思っちゃった。

「美月の答案はある意味間違い探しだからな」
「だから探さなくていいってば」
「あいにく、探すのが仕事なので」
「もー、先生のバカッ。帰る」
「美月」
「なによ」

どうあってもあたしは先生には叶わない。それはわかっているけれど、どうしても納得できないあたしは反抗的に返事をしてしまう。
「その後大丈夫か?」
急にそんな風に心配してもらっても。
「大丈夫だよ」
あたしはそっけなく答えることしかできない。なんてひねくれ者なんだろう。
「水泳部はもうすぐ大会だからな」
「シーズンだしね」

原田先生はあたしみたいなのを相手にしてる暇はないのだ。
あたしは一度深呼吸する。
そしてやっぱり最後くらいは笑顔を作る。
怒ったまま別れたくないし。
そんなあたしを見て先生も微笑んでくれた。
「気をつけて帰れよ」
「はーい」



それから、終業式の日を迎え、夏休みに突入した。
夏休み、と言っても月ヶ原学園は365日開校されているし、部活動もあるし、自由参加の補講コースやホームワークスペースなんかも用意されていたりする。
ホームワークスペースは特に人気で、夏休みの宿題をお茶や食事をしながらできるように、広くて採光の明るいカフェテリアが解放されていて、時間事にそれぞれ専門教科の先生が来てくれるので、わからないところを教えてもらえたりするのだ。
もちろん宿題だけでなく、受験勉強に役立てる人も多い。
あたしと絵梨もやることがなければ登校する。
家にいても暑いだけだし、校内は空調完備がされているので過ごしやすい。

「ねー、絵梨。あたしってプライド高い?」
「は?なによイキナリ」
「いや、先生に言われたから」
「高いじゃん」
「即答・・・」
「いや、良い意味でってことよ?」
「なにそれ」
「なんというか上から見下ろすようなイヤミな方じゃなくて、完璧主義のプライド高さってやつ?」
「どう違うのよ」
「辞書ひいてみたら。あ、英和でね。」
絵梨はさっと電子辞書をあたしの目の前に差し出す。
あたしは納得がいかないけど、とりあえず、『pride』と入力してみる。

1:自尊心、誇り
2:傲慢、奢り

「美月は1の方」
「・・・」
自尊心、誇り。
良い意味なのかな?
先生はそういう意味で言ったのかな。

「美月?」
あたしは電子辞書の液晶に浮かんだ文字をじっと眺めていた。
「え?あ、ごめん。自分では実感ないなぁと」
「そう?まあいいじゃん。悪い意味じゃないんだから」
「そっか」

お母さんに似ていないトコロ。プライドの高いトコロ。
産まれたときから、ずっと家族写真にはお父さんはいなかった。
優しくて綺麗なお母さんと、おばあちゃん、おじいちゃん、そしてあたし。
もしもプライドの高さが誰かに似たとしたならば、それは父親かもしれない。
あたしのお父さんは誇り高い人なのだろうか?
あたしの中に流れるもう半分の血は一体誰のものだろう。


「そういえば、柴田君とはどうなのよ」
「どうってなにがよ」
「いや、柴田君は美月のこと好きなんじゃないかと思うけど」
「えー?まさか」
「あんたは大人っぽいくせに恋愛事には疎いよね」
恋愛事に疎いって。
そんなはっきりと言わなくても。

「そういう絵梨だって彼氏いないでしょ」
「あたしは幼子優先だからまだいらないのよ」
「まあ、先生みたいな人が側にいたら美月、彼氏なんてできないわよね?」
「ん?先生?」
「頭良くてスマートだし、かっこいいし、大人だし。収入は安定してて・・・、料理とか家のこともできるんでしょ?ほぼ完璧じゃん」
「あー、言われてみれば」
「あれを男の一般基準だと思っちゃダメよ。柴田君はクラスでもいい男の部類に入るんだから」
「柴田君ねえ。まぁいい人だけど」

確かにあたしは周りの子たちに比べると、なんというかやっぱり恋愛事には疎いのかもしれない。でもなかなかピンとくる人なんてなかなかいない。
女の子に人気のある柴田君はいい人だし、好きだけど、そういう好きとはまた違う。
付き合うなら、温かく包み込んでくれるような人がいい。
先生みたいな。
そうか、やっぱりあたしの中の基準は先生だ。
気づかないうちに先生と比べてしまっているから。

「絵梨は好きな人、いないの?」
「気になってる人はいるかな」
「え、誰誰?あたしの知ってる人?」
「まだ内緒」

人のことはあれこれ言ってくるくせにー。
気づいてなかったの?とでも言っているようにふふふ、と笑ってみせる絵梨をあたしは軽く睨みつける。
絵梨は絶対あたしのこと恋愛音痴だと思ってるに違いない。
自分でも、そう思うけど。
でも今は、先生との時間の方が大切で、他の男の子には目を向けたくないっていうのが本当のトコロ。




    



   


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