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心配していたその後の水泳の授業は何事もなく、最後の授業のグループ対抗戦も無事終えた。
あたしたちのグループは2位。もちろんあたしの遅れを水泳部エースの湖南さんが取り戻してくれたのは言うまでもなく。
授業の後も、あたしが原田先生に呼び出されることはなかった。

「来週から期末だね」
「だよねー」
校内のカフェテリアで昼食を取りながら、あたしたちは大きなため息をつく。
どうしてテスト前ってこんなに憂鬱な気分になるんだろう。

「美月、先生にヒント教えてもらったりしてないわけ?」
「無理。絶対教えてくれない」
分からないところを聞けば丁寧に教えてくれるけど、その延長でさりげなくテストの話題に持っていくと「テストがんばれよ」と一言。

確かに、天野先生はもともと生物専門じゃないし、学園長さんはあたしと天野先生が知り合いだということを知っているから、ホントは教科担当も外れるらしかった。でも生物の先生が今年は3年の担任で進学やら就職やらの相談で色々忙しいから、ピンチヒッターで普通科1年の生物を教えることになったと言っていた。
そんな感じだからひいきみたいなことがあると、授業すら受けられなくなりそう。
まあそれだけじゃない。
先生は仕事とプライベートはしっかり分けてるから、そういう面ではあたしだけ特別扱いはしない。
そういうところが先生らしいし、あたしが好きな部分でもある。

「でも家庭教師がすぐ側にいるっていいよね」
「いや、高校入ってからはあんまり。だってほら先生だし」
「まあ、そっか。授業中もなにげに厳しいしね」
「そうでしょ」

そうなのだ。授業中だって容赦ない。
特にこそこそしゃべってたり、授業聞いてなかったりするのもバッチリ見てるらしく、そういうときは必ず当てられる。
答えられなくて先生を睨んでみても、何食わぬ顔して他の人当ててるし。
学校でのあの冷徹さは完璧だと思う。
二人の時は優しい顔なんだけどなぁ。
でもあんな顔、みんなに見せたらさらに人気が出そうだ。



「あ、咲原さん、林崎さん」
「え」
声の方に顔を上げるとそこには爽やかな笑顔の柴田君。

「今日の放課後さ、何人かでテスト勉強しようって言ってるんだけど、一緒にやらない?」
「あたし保育園迎えの時間までならいいけど。美月は?」
「うん、あたしもいいよ」
「よかった。じゃまたあとで」
「うん」

柴田君の背中を見送りながら、絵梨がつぶやく。
「柴田君っていい人だよね」
「うん」
「中学の頃はさ、あたしたちに近づく人いなかったね。柴田君が同じクラスだったら違ったかもね」
「そうだよね」
「美月が怖い顔してるから」
「はぁ?絵梨が、あたしに近づかないでオーラ出してたからじゃん?」
あたしたちはくすりと、笑い合う。
「お互い様ね」
「思春期の反抗期だったからね」
「今も思春期でしょ」
「でも、高校って楽よね。中学みたいに息苦しくないから。ココが特別かもしれないけど。先生とかから色々干渉されないしさ」

絵梨の言葉にあたしは頷いた。
中学は本当に息苦しい場所だった。
3者面談は多いし、保護者会なんてのもあって、うちはいつも来られないから、先生がなにかと心配してくれたけど。
心配されることは決してイヤではなかったけれど、あの頃はどうしても素直に受け入れることができなかった。
それに、友達が少ないとか、行事に参加しない、とか、余計な同情までされて。
グレたりしないからほっといて、と何度思ったことか。



放課後は、集まったメンバーでテスト勉強。
時間が経つに連れて人数は減っていったけど、話したこともないクラスメートと少し話せて楽しかった。
さすが月ヶ原学園。普通科といえども個性の強い人材ばかりだわ。
黒板を使ったり、参考書を交換したりしながらみんなであれだこうだとやるのも悪くはない。
人数が減って、絵梨も帰ってしまい、柴田君が目の前にやってきてストン、と腰をおろした。
「どう?」
「んー、まぁまぁ」
あたしは顔をあげてふと気になっていたことを聞いた。

「柴田君て生徒会に入ったの?」
「うん。まぁそんなことに。雑用ばっかりさせられてるけどね」
生徒会役員は会長と副会長は選挙で選ばれるけど、それ以外の役員は会長&副会長の推薦で、先生の許可が下りれば生徒会入りになるらしい。

「そういえば、学校の向日葵、咲き始めたね」
窓の方をちらりと見ながら柴田くんが言ってくれた。
庭園、気にかけてくれてるんだな、と思ったらなんだか嬉しかった。

「でしょ?夏が来たって感じだよね」
「夏休みって水やりとかどうするの?」
「いちお、当番制で園芸部がやるよ」
「あ、やっぱり学校来るんだ?」
「家にいても暇だし丁度いいけどね」
「天野先生って」
どき。
「笑ったりするんだな」
「あ、うん」
先生の名前が出てくるだけでドキドキしてしまう。
過剰反応しすぎかな。
「この間校庭で咲原さんと楽しそうに話してるの見かけたから。あの先生表情崩すのめずらしいなと思って」
「あー確かに。でも放課後はけっこう穏やかだよ」
「へー。そうなんだ。咲原さんて天野先生のお気に入りなんだなーと思ったよ」

うーん、そんな風に見えちゃうの?
先生との関係は別に知られても大丈夫、と先生は言ってたけど、やっぱり自分の口からペラペラしゃべることじゃないよね。
「顧問だから話す機会が多いだけだよ。さて、そろそろあたしも帰るね」
「俺も行くよ。駅まで一緒に行こう?」
「うん」
それ以上、柴田君は先生のことを聞いてこなかったけど。
何か変なこと、あたし言ってないよね。
ていうか、やっぱり校内ってどこで誰に見られるかわからないんだなー。
気をつけないと。


そして、月ヶ原学園は期末テスト週間に突入した。



   



   


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