春うらら 〜お花見〜







「春樹さん、一体どこへ行くんですか?」
そう。
うららかな春の陽気の日曜日。
夢の世界で幸せに浸っていた休日の朝。
あたしは春樹さんにたたきおこされた・・・。
そして気づけば春樹さんの運転する車の助手席に座っていたりするのだから驚きだ。

「どこって・・・お花見に決まってるでしょ?」
「お・・・花見ぃ?」

お花見って、金曜の夜に新人を遣わせて(金曜なんていう競争率の激しい日になんてかわいそうに)場所取りさせて、どんちゃんやったばかりの気が・・・。あたしの記憶では確かにそうだった。

「柚葉ちゃんもお花見したいでしょう?」
「桜なら近所の公園にたくさん咲いてるじゃないですか。」
「何言ってるの、柚葉ちゃん。春だよ?こんな花盛りの季節に近所の公園でのほほんとお花見するっていうの?」
「ええ、そうです。素敵じゃないですか。」
「まあ、それも、いいけどね。たまには気分を変えてどこかへデートしたいでしょう?」
「はぁ・・・そうですね。」

で、結局どこに行くのよ!?
ふと、曖昧な回答しかもらっていないことに気づいて運転中の春樹さんの横顔を眺める。
相変わらずイケメンだわ。
春樹さんはそんなあたしの視線に気づいたのか、ニコッとほほえみかけると再び前を向いた。

くっそー。わかってて黙ってるんだよね。
あたしもいい加減慣れればいいのに、いつもいつも春樹さんには遊ばれてる気がしてならない。いや実際遊ばれてるのは事実なんだけど。
遙かに春樹さんの方が年上で、大人で、あたしが何をしても、すべてお見通しで、敵うはずはないのだけど、やっぱりどこか悔しい。
この余裕たっぷりの春樹さんを動揺させたい、って思うのは一度や二度ではなかった。



この前、紀美ちゃんとお茶をしたとき、ちらっと話、したんだよねぇ。
あたしはぼーっと外の景色を眺めながら、その時のことを思い出していた。

「社長をぎゃふんと言わせたいの?柚葉ちゃん。」
「ぎゃふん、ていうか・・・ちょっとくらい狼狽えた姿を見てみたいというか。いつもいつも涼しい顔で堂々としてるし、弱みを見せないし、つけいる隙がなさすぎなんだもん。」
「確かにねー。そうでなければ社長業なんてやっていけないかもしれないね。でも社長って柚葉ちゃんにも隙を見せないのね。」

そう。
見せない。
会社では見ることのできない姿はたくさん見ることができるけど、どこかスキがない。
目の前には大好きなガトーショコラとダージリン紅茶。
あたしはフォークでがしがしつついていた。

「じゃあさ、柚葉ちゃん。ちょっとセクシーな下着つけて、社長を襲ってみたら?」
「えええ?!」
まさか紀美ちゃんの口からそんな大胆発言が出るとは思わなかったあたしは、思わずバンッとテーブルと叩いて立ち上がってしまった。
その拍子でフォークがカラーンと音を立てて落ちていく。
「き、き、紀美ちゃん今何言ったかわかってる?」
紀美ちゃんももしかして副社長を襲ったりしてるわけ!?
まさかまさかまさか。
こんな純真無垢な天使の紀美ちゃんが!
ぎゃー想像したくない!
「今、柚葉ちゃんの中ですごい妄想が繰り広げられてるかもしれないけど・・・わたしは柚葉ちゃんが思ってるような女じゃないよ?」
「・・・!?」
にこっと笑う紀美ちゃんがちょっとだけ小悪魔に見えたのは・・・気のせいでしょーか!
あああ、絶対あの副社長のせいだ。
副社長の性悪さが紀美ちゃんを蝕んでいるに違いない!
「てのは、冗談だけどー。」
「紀美ちゃん!」
「あはは、だって柚葉ちゃんホント素直だから〜。社長の気持ちもなんとなく分かるなー。」
「紀美ちゃんてば。」
「ごめんごめん。でも、ね。ちょっと大人の余裕を見せてみるのもいいかもよ?」

大人の、余裕。
と言われてもねぇ。
あたしみたいな小娘がいくら大人びてみても・・・春樹さんからしてみればやっぱり小娘でしかないよね。
うーん。

でも、あたしばっかり転がされるのは面白くないっていうか。
やっぱりぎゃふんと言わせてみたい。

そんな軽〜い気持ちが、とんでもないことになるなんて・・・露知らず、あたしの中で計画はなんとなく立てられていった。



もしかして、今が、そのチャンスって時なのかも。
運良く?春樹さんがデートに誘い出してくれたわけだし、このままいつものように春樹さんのペースで進んでいくと見せかけて・・・
最後に思いがけないようなことをわたしから春樹さんにしてみれば、さすがの春樹さんだって・・・動揺してくれるかもしれない。

うんうん。

窓に向かって頷いているあたしの姿を春樹さんはちらり、と眺めて、不思議そうに頭をかしげていた。







形成逆転、なるか?











      


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