花の金曜日。
というのに、あたしは、というと社長に付き添いのお食事会。つまり仕事の一部。
まあ残業手当が出るからいいけどさ。
あたしだって友達と遊びに行ったり飲みに行ったりしたいお年頃なのよ。彼氏だってほしいのよ。
それなのに隣で運転しているのは彼氏じゃなくて社長本人。
あたしが絶対に逆らえない上司。

「社長って雇いの運転手とかいるのかと思ってましたけど」
しんと静まりかえった車内で、少し居心地の悪さを感じたあたしは、素朴な疑問を投げつける。
「あー、そういうのは嫌いなんだよね。人件費削減。運転するのも好きだし」
「さようでございますか」
「なんか他人行儀だなー」
「そうですか?」
「ちょっと寄り道していくけどいいよね?」
「へ?あ、はい。遅刻しなければいいんじゃないですか」

あたし、別に関係ないし。
と思いつつ、窓の外を眺めていると、いつの間にか車がどこかのパーキングに入った様子。
そして、連れてこられた場所は、普段あたしが絶対行けないような高級ブティックってやつだ。
しかも、あたしに有無を言わせず、服を着替えさせられ、おまけに化粧までバッチリされてしまった。
確かに、あたしは化粧はナチュラルメイクだし、色気はないし、普段オシャレをしてるわけではないけれど、それなりにオフィスに合うようなナリはしてるはずよ。
それなのに。
「んー、やっぱり柚葉ちゃん、元がいいからキレイだよね」
なんてにこやかに笑っている社長の隣で、あたしよりもはるかに大人で美人な女性がそうですね〜、なんて言っている。
美人に言われても社交辞令としか思えないんですが。
ていうか、ここまでしないと会えないような偉いお方なんですか、これから会うのは、と思わず口から出かけたその時、社長はとんでもないことを言い始めた。

「実はさ、柚葉ちゃんには申し訳ないんだけど、これから恋人の振りしてくれる?」
「はああ?」
あたしは思わず社長ともあろうお方に思わずこんな反応を返してしまった。
だって。
今、この人はなんと言った!?
恋人!?
誰の!?
ちょ、ちょっと待って、と言っているあたしをよそに、社長はあたしの腕をぐいぐいと引っ張って、助手席に乗せた。
「ど、どーゆうことですか!?」
「んー。最初に言ったら絶対来てくれなかったでしょ?」
「あたりまえですっ。なんであたしが恋人のふりなんかっ」
「これから会う人はさ、遠縁の親戚・・・と言っても血のつながりはないんだけど、けっこう強引な人でね」
そういえば、いつもお見合いをすすめてくるとかなんとか言っていたっけ。
「たぶん今日もいい女性がいる、なんて話だから。彼女を連れていくって伝えておいた」
「だからって、なんであたしなんですかーーーー!?」
「頼めそうなの柚葉ちゃんしかいないから」
「なんでっ。そこらへんにゴロゴロっと転がってるじゃないですか。社長にメロメロ女子社員がっ!」

思わず本音が出てしまって、はっと口をつぐむ。
さすがにこれは言い過ぎだったかも・・・と思って社長を見ると、社長はアハハハハと声をあげて笑い始めた。
え!?
こんなに声を出して笑う社長は初めてで、あたしは正直唖然としてしまう。
自分で言っておいてなんだけど。
「や、やっぱり柚葉ちゃんておもしろいよね。ハハハ」
な、なにが!?
「そこらへんにゴロゴロ・・・ック」
とりあえず社長の笑いがおさまるのを待つしかない。
「いや、その柚葉ちゃんの言うゴロゴロ転がってる女子社員だと、誤解される可能性が高いでしょ?たとえフリだとしても」
「あー、まあそうでしょうね」
そういうのをきっかけにあたし、社長の恋人デス。なんて言い出しそうだ。
「まあ柚葉ちゃんが本当の恋人でも全然かまわないんだけど」
と、社長がさらりと言った言葉をあたしは、自分の中でいろいろ考えを巡らせていたのもあってあまりよく理解できず曖昧に答えてしまったけれど。
それがどういう意味か理解するのは少し後になってからだった。



どこからどう見ても高級料理のお店で、一番相応しくないのはあたしに違いない。そんなことを思いながら個室になっている和室で、あたしはそわそわしながら相手がくるのを待っていた。
社長はなんだか落ち着いた様子で目の前のお茶を飲んでいる。
くそう。こんなことなら何が何でも断っておくべきだった。
「あ、柚葉ちゃん。今日は僕のことは名前で呼んでね。あと、何もしゃべらなくていいからとりあえずニコニコしてて」
「はあ」
って社長の名前ってなんだったかしら、なんて考えてしまう。

「は・・・はるきさん?」
「・・・もしかして忘れてた?」
「い、いえ・・・そんなことは・・・」
「ふーん・・・ならいいけど。自分の会社の社長の名前くらいは普通知ってるよね」
「そ、そうですよねっ」

しかも今は直属の上司で社長。
意地悪そうな笑みが、絶対忘れてたでしょ?なんて無言で圧力をかけてくるのが怖い。
そうしていると、なんだか図体のでかい男がずかずかとのりこんでくるのがわかった。大原氏だ。
一応社長と一緒に挨拶をして頭を下げる。
大原氏の後ろからは、これまたものすごい美女が現れる。
バッチリと整えられたメイクには全くと言ってほど粗がなく、黒のカジュアルスーツに身を包まれた身体は、おそらく文句のつけようがなくスタイルがいいに違いない。
そして大人の色気がムンムン漂っていて彼女から発せられる香水の香りがそれを引きただしていた。
あたしは思わず見とれてしまったほどだったけれど、社長は、いつも通りのクールな表情を浮かべている。さっきまで大笑いしていた人とは明らかに別人だった。
こんな美女紹介されるなら、別にいいじゃないの、なんて思いつつ、なんであたしはこんなとこにいるんだろう・・・とふと考えてしまう。

「こちらは新山麗香さんだ。君の話をしたらぜひお会いしたいというのでね。君も女性を同席するというので私もそうさせてもらったよ」
「そうですか」
「それにしても春樹くんにこんな可愛らしい女性がいたとは驚きだね。随分若いようだが・・・」
なんだかその言い方が、まるで、こんな小娘のどこがいいんだ、という風に聞こえてならない。
けれど、あたしは社長に言われたとおりとりあえずニコニコしておく。
確かに社長が、ヤダ、というだけのことはあるわ。
あたしもこういう男は苦手だ。
自分がすべてを握っているかのような自己中心で周りの雰囲気を気にしない態度。
そして気品のないしゃべり方に態度。
顔だって熊とゴリラを合わせたような顔して。どこかの悪徳政治家みたい。
とりあえず思いついた文句を心の中で叫んでみる。
大原氏と社長はなにげない会社のことなど世間話をしていて、その間に時々、すばらしいですわね、なんて新山麗香という女が口を挟んでいた。
あたしはというと目の前の料理が気になってそれどころではない。
誰も手をつけようとしない高級料理。
あたしが一人手をつけるのもどうかと思いそのまま見つめているだけ。
ああ、こんなのもしかしたら一生食べれないかもしれないのに。
なんて思いつつ。

「柚葉、食事いただきましょうか」
「え、あ、はい」
社長はあたしがじっと料理を見つめていたことに気づいたのかさりげなく、声をかけてくれたけど。
柚葉。と呼ばれたことが少しくすぐったく感じる。
まあ、恋人同士ってことになってるから、当然と言えば当然なんだろうけど。
食事が始まると、新山麗香はやけに積極的に社長に話しかけている。
食事・・・といってもガツガツ食べれるわけでもなく、少しずつ・・・という感じで、あたしとしてはなんだか物足りない。
うー、がっつきたい・・・なんて思いつつ。
新山麗香は社長に色気をバンバンに放っているのがわかる。
やっぱり社長だし、一応イケメンと言われているし、一見性格も良さそうに見えるからな。
とんでもない実態も知っているあたしはなんとも言えないけど。

「麗香さんは仕事でも実力はすばらしいけれど、家庭的でもあってね・・・」
「まあ、そんなことは決して。ただいずれは、と思って勉強しているだけですわ」
「そうですか」
「春樹さんも仕事がお忙しいとお食事もなかなかとれないのではありません?お料理のできる女性って理想だったりしますの?」

新山麗香のこの発言が、まるで、あたしは家庭的でたくさん料理を作ってあなたの帰りを待つことができます、なんていう発言に聞こえてしまう。
あたしってイヤな女?
「いえ、そうでもないですよ。私は基本的に料理をするのは好きなんですよ。趣味の一つでもあるんです。ですから特に料理のできる女性というよりは私の作った料理をおいしくいただいてくれる方がいいですね」
「あ、あら、そうですの」
「柚葉はいつもおいしくいただいてくれるんですよ。ね?」
「あ、はい」

突然ふられて、あたしはとりあえず笑顔で答えておく。
つーか、社長の手料理なんて食べたことないですけどね。
料理好きって本当かしら。
それにしても社長ってば、普通に返事をしているわりには言葉の端々が冷たい感じ。そこまでいじめなくてもいいんじゃあ・・・なんて目の前の新山麗香がかわいそうになってしまう。
自分よりも年上だろう彼女は仕事もできて美人で、きっと自分にものすごく自信をもっているのだろう。
だからこそ、社長の恋人がくるにもかかわらず大原氏に同伴したのだ。
最初から、あたしのことは眼中にないって感じだった。
きっとこういう人って彼女とかいても関係なく、男の人にアピールしたりするんだろうな。
そして簡単に手に入れることができる。
なんか、仕事ができてかっこいい女の人には憧れるけど、こういう女にはなりたくないな、と思ってしまう。
でも、男だったらやっぱりこういう女の人を連れて歩きたいと思ったりするのだろうか。

結局、食事は物足りないまま、終わってしまって。
だって誰もあんまり食べないのにあたし一人がガツガツ食べるわけにもいかないし。最後のデザートだってすっごくおいしそうな白玉あんみつ。アイスまでのってて超おいしそうなあんみつに泣く泣く見送られるハメになってしまった。
「はあああ」
別に何もしてないけど、疲れた。
そしてオナカがすいた。
「ごめんね」
あたしのため息があまりにも大きかったのか、隣にいた社長に聞かれていたようで、社長はあたしの耳元でささやいた。
新山麗香はなんとか連絡先を聞きたがっていたけれど、社長は社交辞令の笑顔とともに会社の番号しか教えてはいなかった。
時計はまだ9時半頃。これからならまだご飯食べたって平気よね。なんて思いつつ、あたしは帰りにコンビニで弁当でも買って帰ろう・・・なんて考えていた。

「柚葉ちゃん、まだ時間平気?」
「へ?あ、まぁ」
「どこかで食べ直そう。あまり食べてなかったでしょ?今日は強引に付き合わせてしまったからお詫びも込めて」
「ええ、いいんですか!?」
思わず、おごり。という単語があたしのあたしの頭をかけめぐる。
「僕も実はオナカすいてるし。なんかリクエストある?」
「白玉あんみつの食べれるお店がいいですっ」
「白玉あんみつ・・・」
ぎゃ。思わず本音が。というかさっきの食べれなかった白玉あんみつが頭をよぎったから・・・。
「・・・わかった」
社長は必死で笑いを堪えているように思えたのは気のせいかしら。
すでに暗い車内ではその様子がうかがえなかった。

 


    



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