冬の小鳥〜雪どけ〜






給料日、私はいつものように銀行へ向かった。
自分だけの通帳と、銀行カード。これを手にしたときはどんなに嬉しかったことだろう。
父の手の届かない私だけのもの。

残高はやっと目標額を超えた。
大学時代にこっそりバイトして貯めたお金にプラス、最初にお給料をもらった日からコツコツと貯めてきた大切なもの。
生活費として3万円家に入れて、仕事で着る服を買ったりする以外はほとんど使わずに貯めた。

もし、いつか・・・叶うなら、そう思って。

「そんなとこでぼーっと通帳眺めてると盗まれるぞ。」
「え?」
速人さんの声に思わず、私はその通帳を閉じた。
気づけば銀行の真ん前で立ちつくしていることに気づいた。
やだ、私ったら。

「ど、どうしたんですか?」
「仕事、早く終わったから一緒に帰ろうと思って追いかけてきたら、銀行に入っていくのが見えたんだ。」
「あ、そ、そうですか。」
全部私の行動見られてたのかな。

「一緒に食事でもしよう。」
「はい。」

このごろ、父は私が速人さんと食事をする分には何も言わなくなった。
もちろん門限はあってそれまでには帰らなければいけないけれど。
速人さんがうちに来て父との会話の中で信頼を得つつあるのはわかる。
私のためだとわかってるけど・・・なんだかな。
本当は喜ぶべきことなんだろうけど。


速人さんのマンション近くの穴場のお店。速人さんが私の家で騒動の時初めて連れていってくれた、私の好きなイタリアンのお店だ。
あまりにもよく行くようになったので、私まで顔なじみになってしまった。
指定席も変わらない。

「紀美香ちゃん、今日のお薦めはサーモンなんだよ。ラヴィオリなんてどう?」
「あ、じゃあそれでいいです。」
そう言うと、ロマンスグレーのオーナーシェフ・・・伏見さんは笑顔で了解、と答えて機嫌良く厨房に戻っていく。

「個人のお店持つなんて大変なことですよね。でもすごく素敵ですよね。」
「・・・紀美香も?」
「え?」
「店でも持ちたいの?」
「・・・急になんですか?」
思わず真顔で聞かれたのでびっくりした。
「いや、お金ためてやりたいことでもあるのかと思って。」
「・・・。」
スルドイ。
さっきの通帳眺めてるところを見られたあたりから、まずいなとは思ってたけど。
でも、こういうの嘘ついても仕方がないし。

「前にインテリアの勉強したいなぁと思ってたことがあったので・・・。」
社会人になってから、休日にはショールームを見にいったりして・・・気持ちは余計膨らんだ。
最初はただ・・・安らぐ部屋の空間作りっていいなぁと思う程度だったのに。
「そうか・・・。やりたいことがあるってのはいいことだな。」
「反対・・・とかしないんですか?」
「なんで?」
「だって・・・。」
「やりたいと思ったことはやっといたほうが後悔しなくてすむし。そのためにお金ためてるんだろ?」
「でも・・・。」

今の状況では明らかに無理な話だ。
いくらお金をためても・・・働きながら、通信かもしくは夜間の学校に行くとしても。
父が知ればきっと怒るに違いない。

「父親のことなら心配しなくても大丈夫だよ。」
「・・・どうしてですか?」
「もうすぐ一緒に暮らせそうだから。」
「・・・ええ!?」

思わぬ発言に私は飛び上がりそうだった。
なんで、いつの間にそんなことになってるの?
「変に期待させても・・・と思って言わなかったけど、現在交渉中?8割がた春には一緒に暮らせる方向になってる。」
「うそ。」
「ホント。」
なんてこと。
にっこりと微笑む彼の姿を、私はただ呆然と見つめていた。

「は、速人さんて一体何者なんですか?」
「・・・ふつーの人間。」

いたって当たり前の返事に私は一気に力が抜けていくようだった。


「だから、もしやりたいことがあるんなら、前向きに考えて決めればいいから。」
「・・・あ、ありがとうございます。」

諦めるなよ、と言ってくれているのが痛いほど感じられて、私は運ばれてくる料理に視線を移した。
彼は、ここまで私のことを真剣に考えてくれている。
それなのに、私は父と速人さんが一緒に話をしている姿に嫉妬すらしていて、あまりにも自分が恥ずかしくなってしまう。

速人さんにつり合うような素敵な女性になりたいと、その時強く思った。





   




   



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