冬の小鳥〜雪どけ〜






その後も、定期的に、父は速人さんを家に招待するようになった。
なんだか、もうはっきりとはさせていないけれど、父の中では速人さんは私の婚約者扱いだ。それよりも、一人の人間として速人さんを気に入っているように思えた。
林葉怜司の時も、一緒に食事に行ってこい、だの月に一度は会え、だの言われていたけれど、家にまで招待するのは稀だった。
それはもちろん相手方がお金持ちな為、うちのような場所に上がってもらうのはよくない、と思っていたようだったけれど、それでも明らかに対応は違う。
速人さんが努力して友人たちと会社を興したことに関しても、感心しているようで・・・父は仕事のできる男の人が好きだから・・・。
若いのに素晴らしいだの、あれは大物になる、なんて言っているのを聞くとなんだか、不思議な気持ちになった。

お正月以来、私は朝早く起きて、彼のお弁当を作ってから出社するようになった。
でも、速人さん的には、私の通勤時間が長いことが気になるようで、なんだか勝手に父と話を進めながら、私の一人暮らしがどうのとか、女の一人暮らしは危ないから・・・なんてことを言い出している。
意味が分からない。

速人さんも父との会話のことはあまり話してくれないし、最近は家にくると父と話をしていて、私と母はキッチンに立っていることが多くなったのだ。
なんとなく面白くない。
面白くないけれど、速人さんには少し時間をくれ、なんて言われているから口も挟めない。



「何か、怒ってる?」
いつものように朝、休憩室にやってくる彼は私のご機嫌を伺うように顔をのぞき込んだ。
「これ、今日のお弁当です。」
「ああ、ありがとう。」
「・・・。」
そんな笑顔でお礼を言われてもあまり嬉しくない。

「除け者にされてる、とか思ってるだろ?」
「そんなことないです。」
「じゃあ、なんだろう。」
「別に怒ってないですから。」
「ふーん、拗ねてる顔も好きだけどな。やっぱり笑ってくれないと一日やる気がおきない。」
「・・・。」

もう。どうしてそんな恥ずかしいことを真顔で言えるのかな。
私があまりにも顔を背けるものだから、速人さんは苦笑しながら、私の頬に軽くキスを落とす。
「えっ・・・こ、こんなとこで・・誰かにみられたらどうするんですか!」
「大丈夫だろ。こんな早朝なら。」
「最近早めに出社する人増えてるんですよ!」
「あー。そうか。じゃあ・・・お昼休みは副社長室に来て?」
「え?」
「じゃあ、あとでな。」

じゃあ、あとでな、じゃなくて。
え!?
そんな副社長室なんて私が行けるわけないのに。
何をとんでもないことを言ってるんだろう。
用もないのに行くなんてあまりにも不自然すぎる。

速人さんは私のお弁当を大事そうに抱えて、休憩室を出て行った。
もー、なんなの!?



絶対行けるはずないのに、なんて思いつつ仕事中ついつい時計を気にしている自分がいる。
お昼休み間近、私は大沢課長に呼ばれた。
「これ、副社長室に持っていってもらえる?あ、ついでに休憩入っちゃっていいからね?」
笑顔で軽い封筒を手渡され、ああ、この人も共犯だわ、なんて思ってしまった。
嬉しいような恥ずかしいような、そんな気分だった。


社長室や副社長室のあるフロアの一角はしんっと静まりかえっている。
応接室や会議室が使われているときはちらほらと声がもれてくることもあるけれど、今日はそんな声すら聞こえてはこなかった。
ふとここの応接室で最終面接をしたことを思い出す。
あの時は緊張していたな、と思う。
まさかこんなことになるなんて想像すらしていなかったけど。

トントン

軽くノックすると、どうぞ、という低い声が聞こえた。
「失礼します。」
一応、丁寧に頭を下げて中へ入る。
副社長室へ入るのも初めてだな、と思いつつ中を見渡すと、意外と狭かった。
狭い部屋にデスクが二つ。
ひとつは目の前にいる人が使っていて・・・もう一つは秘書の人のデスクかな、と思った。
そういえば、速人さんの秘書の人ってどんな人なんだろう。

「何してんの?」
「・・・これ、大沢さんに言われてもってきました。」
「ありがとう。」
明らかに空の封筒を手渡すと、速人さんは満足そうに頷いた。

「今、秘書はいないから、気にしなくても大丈夫だよ。」
私があまりにももう一つのデスクを見ていたからだろう。
「お礼言おうと思ったのに。」
林葉怜司の件でいろいろと働いてくれたらしいから。
「ああ・・・しばらくは戻ってこないかな。」
「しばらく?」
「そう、1、2ヶ月程度・・・」
「え?」
「俺の秘書はスパイ活動中。」
「ええ!?」

驚いてみたけど、冗談に決まってる。冷静に考えてみてもそうだ。
きっと仕事でいないだけなんだ。

「ああ、ついでに言うと秘書は男だから安心してクダサイネ?」
「別に・・・そんなこと気にしてません。お仕事なら男でも女でも一緒でしょう?」
「ならいいけど。」
でも、秘書が男だと聞いてどこかほっとしているのも事実だった。
やっぱり仕事といえども同じ部屋で二人きりで仕事をされるのってなんだか嫌だな、と思ってしまう。
「お弁当持ってきた?」
「はい。」
「じゃあ、一緒に食べよう。」

速人さんと二人、並んで座って中身の全く同じお弁当を広げる。
最近特に気合いを入れ始めたお弁当。
こうして一緒に食べるとなるとどこか恥ずかしい。

「こういう手作りのお弁当って実は初めてなんだ。」
「え、そうなんですか?子どもの頃とかは?」
「母親は仕事が忙しかったからな、手料理なんてほとんど食べたこともない。もともと料理は苦手な人だし。」
「そう・・・だったんですか。」
「そう。だからかなり嬉しかったりするんだな。」
こんなのでよければもう、どうぞどうぞ、と思ってしまう。

「そういえば、最近、春樹が俺に対抗心燃やして手作り弁当持参してるんだよ。」
「社長が?」
速人さんは、二人の時、社長のことは春樹、なんて呼び捨てしている。大学時代からの仲だから社長、なんて言うとなんだか別の人物のような気がするらしい。
そんなに仲が良かったのか、なんて聞くと、どうやら学部は違ったけどルームシェアをしていたようで、就職してしばらくも一緒に暮らしていたらしい。
もちろん、今は別々みたいだけど。

「社長って彼女と一緒に暮らしてるんですか?」
「いや、自分で作ってもってきてんの。笑えるだろ?」
「ええ?社長ってご自分でお料理されるんですか?」
「ああ、アイツ料理がストレス解消みたいなもんだから。一緒に暮らしてる時もよく作ってたな。まあ、生活する時間帯が真逆だったから、時間はほとんど合わなくて一緒に食う時間はほとんどなかったが・・・。」
「へえ・・・意外ですね。でもなんで対抗心なんて・・・。」
「俺に彼女ができたのが悔しいんだろ。」
「・・・そんな子どもっぽい・・・こと。」
「実はあー見えて、子どもっぽいんだよ。」
「意外・・・。」
びっくりだ。
社長も速人さんも私からしてみればすごく大人の男の人なのに。
「彼女はいらっしゃらないんですか?」
「いないね。」
「あんなにもてるのに。」

そんななんでもない話をしながらお弁当を食べる。
でもそんな穏やかな空気が私には新鮮で、この人と一緒にご飯を食べるといつもこんな風なのかな、なんて考えたりもする。

ふと、速人さんが玉子焼きを最後に食べているのが気になった。
「玉子焼き、嫌いですか?」
「いや、逆。好きだから最後に食べてる。」
「・・・私も、好きな物はとっておく方かも。」
「玉子焼きって甘いのとかいろいろあるけど、この味が一番好きだな。」
「だし巻き玉子ですか?」
「ああ。」

それも同じ。
いいな、こういうの。


副社長室で二人、秘密のランチタイムはあっという間に過ぎていってしまった。



   




   



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