冬の小鳥−聖夜のプロポーズ−





速人さんが帰って話を聞くと、やっぱり会社関係のお付き合いだった。
言い訳させてるみたいなのがイヤで、あまり詳しいことは聞かなかったけれど、ホッとしている自分と、あの女性に嫉妬している自分がいることも隠せなかった。
速人さんの隣を歩く女性は綺麗なほうがいいに決まっている。そう思いながら、自分の顔を鏡で眺め、小さくため息をついた。

けれど、嫌なことって重なるもので、私は再びあの名前も知らない女性に再会してしまうことになった。
偶然なのか必然なのか、彼女の車が会社の近くに止まっていて、駅まで歩いていた私を彼女が呼び止めた。そして少し話をしましょうと、言われ、なぜかこうして彼女の前に座っている。
ホテルのティールーム。
普段こういうところでお茶したりしないから、すごく緊張してしまう。ドキドキしていると、目の前の女性が私を観察するかのように視線を動かして、口を開いた。

「あなた、浅風さんの婚約者なんですって?」
「はい・・・。」
「ビックリしたわ。大事なビジネスのチャンスを棒に振るようなマネするから、一体どんな女性かと思ったら・・・。」

それは明らかに私を見下しているような瞳だった。

「わたくし、G社で営業部長をしている新山麗華と申します。単刀直入に話させていただくわ。うちの会社ね、彼をヘッドハンティングしようと考えているのよ。」
「ヘッドハンティング、ですか?」
「ええ、彼、優秀でしょう?どうしても、欲しいのよ。」

欲しいのよ。その声がなんだかとても嫌な気持ちにさせられた。

「そうですか。でも、そのお話は速人さんに話されているんでしょう?」

なぜ彼女が私にそんな話をするのかわからなかった。
確かに、速人さんからはそんな話は一度も聞いたことはなかったから、少しショックではあるけれど、その話を私にする理由がわからない。

「彼、なかなかいい返事をしてくれないの。」
「・・・。」
「お給料もかなり高い金額を提示してるのよ。ベンチャーから成り上がったような今の会社にいるよりはずっといいと思うの。」

G社といえばその業界ではかなり大手だ。
普通の人ならきっと喜んでいくのかもしれない。

「どうして彼が渋るのか、あなた理由知ってる?」
「さぁ、わかりません。」
「そう・・・。彼女なのに何も知らないのね。」

本当はなんとなく予想できる。
今の会社は藤原社長と速人さんが一緒に起業した会社だ。
一からふたりで頑張ってきた結果がここにある。
けれど、こんな風な言い方しかできないような人にそのことを話す必要はない。

「用事はそれだけですか?わたしは速人さんのお仕事に関しては詳しくはありません。彼が決めたことを尊重するだけですから。」
「まぁなんて健気なお嬢さんだこと。あなたがそんなだから、彼、好き勝手なことができるのね。」
「どういうことですか?」
「彼、女性関係も派手でしょう?あなたのように都合のいい女を侍らせておくのが一番いいのかしらね。」

正直、驚いた。
目の前にいる、この人は、一体何を言いたいのだろう。
速人さんの仕事に絡んで、単にわたしを挑発したいだけじゃないの?そんな風にしか思えなかった。

「新山さん、わたしを都合のいい女と言うのはかまいませんが、速人さんを侮辱するような発言はやめていただけませんか。」

こういう女性はまともに相手してはいけない。
頭ではわかっているけれど、無言で立ち去るのもなんだかもやもやしたままなので、それだけ言ってわたしは新山さんをじっと見つめた。
たぶん、新山さんは速人さんに興味を持っているんだろう。そして速人さんの彼女がわたしみたいな女だったから・・・。

「そうね。突然こんなところまでお連れして悪かったわ。お仕事の話は私が彼に直接交渉しますわ。じゃ。」

新山さんは自分のコーヒー代をテーブルに置くとふふっと意味深に笑ってその場を去っていった。


なんだかくやしいな。
もっと綺麗で、速人さんに釣り合う女性だったらきっとこんなこと言われなかったんだろうな、そう思えばそう思うほど、自分の中にある汚い気持ちが湧き出てくるような気がした。

その後、何度か新山さんから速人さんへは接触があったようだったけれど、しばらくして連絡は途絶えた。

けれど、わたしの心はなんだか優れないまま、クリスマスイブを迎えようとしていた。



   




   



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