冬の小鳥−聖夜のプロポーズ−





週末、私はひとりで買い物に出かけていた。
実は速人さんとの買い物の予定がキャンセルになってちょっとよかったところもある。
一緒に過ごせないのは淋しいけれど、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントをこっそり買いたかったから。
仕事帰りとか、いろいろ考えてたんだけど、きっとそうするとゆっくり選んでる暇とかなかったはずだしね。

街はクリスマスの雰囲気に包まれていて、寒い冬に灯された温かい光のように、あちこちに飾られているクリスマスのオーナメントが優しく思えた。

クリスマスイブは、特別。

クリスマスはキリストの誕生日。でもイブは、私と速人さんの誕生日。
私達の誕生日が一緒だったことは本当に驚いたけれど、それもまた運命的なものを感じてしまって・・・本当は運命とかそういうの、あまり好きじゃないけれど、ここまでいろんなことが重なってしまうとそういうものを信じてしまいたくなる。

けれど、そんな私のウキウキ気分は一瞬で吹き飛んでしまった。
ある雑貨屋さんに入った瞬間、嬉しさと混乱を一気に味わうことになってしまったのだから。

「紀美香・・・。」
「速人さん。」

私の目には確かに、速人さんが映っていた。けれど速人さんひとりではなくて、隣には綺麗な女の人が立っていた。

どういうこと?
今日は仕事のはずじゃなかったの?

そんな気持ちと。

きっと仕事のひとつに違いない。
何かの仕事で女性と出かけることになってしまったんだ。

速人さんを信じたい自分の気持ちが交錯していて、私は言葉ひとつ出てこなかった。
そして、気づいたら私は速人さんに背を向けると逃げるように駆け足でその場を去った。

「紀美香!待て!」

速人さんの焦るような声が遠くのほうで聞こえてきたけれど、私は立ち止まることはしなかった。

ショッピングモールを全力疾走で走る女、なんてみっともないんだろう。
どうして挨拶ひとつできなかったんだろう。
速人さんを信じているのに。
どうして私はあの場から逃げ出してしまったんだろう。
自分が惨めで、恥ずかしくて・・・どうしようもなかった。

「紀美香!」

思いっきり腕を掴まれて、私は速人さんに捕まった。
こんな自分を追いかけてきてくれた嬉しさと、その反面恥ずかしさがこみ上げてきた。

「ごめんなさい。」
「どうして謝る?」
「だって・・・いきなり逃げ出して失礼だったでしょ、私。」
「・・・紀美香が悪いわけじゃないだろ。誤解されるような行動をしていた俺が悪いんだから。」
「速人さん、戻って?」
「え?」

このまま速人さんと話をしていたら、私はとても嫌なことを言ってしていそうで、まともに彼の顔を見ることができなかった。

「あの人・・・お仕事関係の人でしょう?」
「ああ、そうだけど、今は紀美香の方が大切だろ。」

私の方が大切だといってくれる、その言葉だけで十分だと思った。

「速人さん、あの人がお仕事関係の人なら、今すぐ戻って。個人的なお付き合いの人なら、このまま私と一緒に過ごして。」
「紀美香・・。」
「お願い。」
「わかった。家に帰ったらちゃんと説明するから。」
「うん。」

私は笑顔で頷くと速人さんに背を向けた。
本当はこのまま一緒にいてほしかった。けれど、好きな人の仕事の邪魔をするような女にだけはなりたくなかった。
それに、すぐに追いかけてきてくれただけで私は嬉しかった。誰かにわき目も触れずただ自分だけを見て追いかけてきてくれる人なんてなかなかいない。
もしかすると、やましいことがあったからかもしれないけれど。

ふと立ち止まって、ショーウインドウにうつる自分の姿を見た。
地味で冴えない自分の姿。
さっき、速人さんの隣にいた華やかで美人な女性とはまるで別人だ。
少しだけ惨めな気持ちになった。
どうして、あの雑貨屋さんに行ってしまったんだろう。
どうして、あのタイミングで速人さんに会ってしまったんだろう。
何も見なければこんな気持ちにはならずにすんだのに。

「紀美香ちゃん?」

聞き慣れた声に、私は振り返る。
そこにいたのは、現在速人さんのマンションに滞在中の安蘇さんだった。

「安蘇さん。どうしたんですか?」
「いや、こっちのセリフでしょ。すぐそこ、俺の職場だからさ。もしかして、と思って。」

そういえば、安蘇さんの働いている美容室ってこの辺りだったんだ。
こんな高級なお店の並ぶところにあったなんて、やっぱりカリスマなんだ、とぼんやり思った。

「今買い物してたんです。」
「そうなんだ。元気なさそうだけど・・・ひとりだから?やっぱり俺とデートしとけばよかったんじゃない?」
「ふふ、そうですね。そのほうがよかったかもしれないですね。」
「うわ、どしたの、紀美香ちゃんがそんなこと言うなんて。」
「なんでもないですよ?お仕事頑張ってくださいね。」
「あのさ、もし買い物終わって時間できたらうちの店おいでよ。」
「え?」
「いろいろのお礼。俺にヘアメイクさせて。」

ヘアメイク?
なにがどうなったらそんなことになるの?
なんだかよくわからない突然の展開に、私はついていけずにいる。
冗談、じゃなさそうだし・・・。
安蘇さんはにこにこ笑っていて、私の返事を待っている。

「だって、安蘇さんのお店高そうですよ?」
「紀美香ちゃんはタダに決まってるでしょ。」
「え!?そんなダメですよ。」
「なに言ってるの、見ず知らずの俺に親切にしてくれたんだし。」
「じゃあまた、時間があるときにお願いします。」
「やっぱり断るんだ。なかなか手ごわいね。」

きっとこんなにいいお店で髪を切ってもらえるなんてなかなかできないから、心のどこかで、いいかな、と思うところもあったけれど、やっぱり私はこんな気持ちのまま安蘇さんの言葉に甘えるのはいやだった。
だって、きっと私に何かあったんだと思って励ましてくれようとしてるのだから。

「じゃあ、これ受け取って。名刺。」
「あ、ありがとうございます。」
「これがあればフリーパスだからね。」
「え?」
「俺の死んだばーちゃんが言ってたんだよ。人に親切されたら倍以上にして返しなさいって。」
「でも私、何もしてないですよ?」
「してくれたよ。泊めてくれたし、ご飯作ってくれたし、おいしいお茶淹れてくれたし。」
「そんななんでもないこと・・・。」
「紀美香ちゃん、そのなんでもないことが、誰かを救うことだってあるんだよ。少なくとも俺は救われたんだ。」

救われた?
私は彼の一体何を救ってあげられたんだろう。
そんなことを考えてみても答えは見つからない。
安蘇さんはにっこり笑うと名刺を私の手に握らせた。

「いつでも来てね。」
「わかりました・・・。」

とは言ってみたものの、私が安蘇さんのお店で髪を切ってもらうことはないような気がした。
けれど、阿蘇さんの明るい声に少しだけ心が落ち着いて、私は名刺を財布にしまうと、帰宅するために駅へと向かった。



   




   



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