冬の小鳥−聖夜のプロポーズ−





速人さんが帰ってくると、安蘇さんは笑顔で彼を迎える。
けれども、速人さんは思いっきりため息をつく。

「いつまで居座るんだ、オマエ。」
「うわー、なにその冷めた目。紀美香ちゃーん助けて。」
「えっと・・・。」

いきなり振られるといまだに慣れない。

「オマエはいちいち紀美香を味方につけようとするな。」
「だってー。速人が冷たいからさ。そんなに怖い顔しなくても、クリスマス前には出て行くからさ。」
「当たり前だ。聖なる夜まで邪魔されてたまるか。」

そう。
安蘇さんはあれからずっとこのマンションに滞在している。
なかなかいい住まいが見つからないようで、ようやく決まった場所もすぐに入居できないとか。

とは言っても、安蘇さんはほとんど外出していて、食事も外で済ませてくることが多い。だから、私と顔を合わせることも少ないし、二人きりになることもほとんどなかった。
もしかすると私に気を使ってくれてるのかもしれないけれど。
速人さんにちらっと聞いたら、安蘇さんはどうやら都心では有名な美容室のカリスマヘアメイクアップアーティストらしい。
職業を聞いてなんだか納得してしまった。
だから日々髪型も違うし、見た目に気を使っているのね。

「あ、そうだ。紀美香、今週末予定が入った。買い物今度でもいいか?」
「うん。」

速人さんは仕事が忙しい。
きっとクリスマスイブに休みを取ってくれるために、早めに仕事を終わらせようとしてくれているんだと思った。
だって、クリスマスイブは私たちにとってとても特別な日だから。

「じゃあ、俺とデートしようよ。」
「え?」
「イロイロお世話になったけど、俺今週末には出て行くから、お礼に。」
「そうなんですか?」

速人さんが着替えに別室に移ったところで、安蘇さんはニッコリ笑ってこっこりと言ってきた。

「だからね、紀美香ちゃん。ダメ?」
「えーっと、あの・・速人さんに誤解されるようなことはしたくないので・・・ごめんなさい。」
「即答なんだね。」
「え・・・。」
「いいな、速人は。」

安蘇さんの言葉に戸惑っていると速人さんが怖い顔をしてリビングに戻ってきた。

「おい、安蘇、人の彼女を勝手に誘うな。」
「なんだ、聞いてたの。でもすごいよ、速人。俺の誘いを断った女性なんて初めてだよ。」
「当たり前だろ。紀美香はオマエの周りにいるような女とは違うんだ。」
「あ、でもちょっと不安だったでしょ。」
「そんなわけあるか。」
「ふーん、信頼しあってんだね。」
「当たり前だ。」

こういう時。
速人さんの本音がちらりと見えたり、速人さんの素の顔が見えたりするのが嬉しい。
速人さんが安蘇さんに気を許してるのがわかるからこそ、そう感じられるのかもしれない。

「速人さん、お食事は?安蘇さんも待っていてくださってるんです。」
「ああ、俺的には3人で仲良くお食事の意味がわからんが。」
「速人ってホント冷たい!お腹空いてたけど、待ってたのに!」
「なぜオマエが紀美香の手料理を食べるために帰ってくるんだよ。」
「だって、今日は外食の気分じゃなかったし。」
「じゃあ、惣菜でも買ってこい。」
「うわー、酷い!酷すぎる!」

私は食事の準備をしながら思わず笑ってしまった。
んー、なんで速人さんの周りって、藤原社長とか、安蘇さんみたいに面白い人が多いんだろう。

「あの、どうぞ。」

速人さんはぶつぶつ言っているけれど、本当は一緒に食べることを嫌がってるわけではない。
だって、阿蘇さんはここに滞在しているといっても、ほとんど顔を合わせないから。
もちろん私たちに遠慮しているんだろうけれど、食事もほとんど外食ですませて帰ってくる。
だからこんな風に3人そろって食べるのはちょっと貴重な時間だったりする。

けれど・・・安蘇さんは週末出て行くってことは、もしかすると速人さんと何か話したいことがあったから、こうやって早く帰ってきてたりするのかな、とちらっと思った。
考えすぎ?
私は速人さんと安蘇さんを交互に眺めてみた。
速人さんと目があうと、安蘇さんにからかわれて、私はかなり恥ずかしくなりながらも、その夜の食事を楽しんだ。



   




   



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