秋風そよぐ







「おかえりなさい、律子さん?」
「な、なんでリクトがこんなところにいるの!?」
「社内じゃなかなか話ができませんからね。」

わたしのマンションの前で立っていたリクトの姿に呆然としてしまった。
リクトが現れてから調子が狂わされまくってるわたし。
本来、わたしが目指すのはかっこいい女なのに、どうしてこんなに心理状態を乱されなければならないんだろう。

「律子さんの部屋って気になりますね。もちろんあがってもいいですよね?」
ニッコリと微笑むリクトの綺麗な顔に・・・もちろん断れないわたし。
ああ、なんてこと。
リクトの強引さに負けたわたしはリクトを部屋へ招き入れる。
そんなに部屋を掃除していなかったけど、本当はこういうだらしない女だってことをわかってもらえればリクトも多少引くのでは?なんて思ってしまったのも事実。
しかし、リクトの目をひいたのは別のものだった。
わたしが飲み物を用意している間、リクトは一枚のハガキを手にとっていた。

「同窓会、出席するんですか?」
「え、ああ。行かないわよ。」
「海人がくるから?」
「・・・違うわよ。単に遠いから。」
「ふーん。」

な、なんなのその態度は。
わたし、なんかした?
さっきまでの笑顔の消えたリクトの顔をまじまじ見つめているとなんだか無性に腹が立ってきた。
どうしてわたしがリクトに振り回されなければならないのか。
どうしていちいちリクトのご機嫌を伺わなければならないのか。

「なんでそうやってすぐに海人の話持ち出すわけ?終わったことなんだからもういいでしょ?」
「じゃあなんで律子さんは僕が告白したのに、いろんな男にヘラヘラ愛想笑いしてるんですか?僕へのあてつけ?」
「はぁ?何わけのわかんないこと言ってんのよ。いつわたしが男にヘラヘラしてたのよ。」
「合コンに誘われて断らなかったし・・・部長と仲良くランチにでかけるし・・・。」
「はぁ?同期に飲み会誘われただけだし、部長とランチなんて別に普通じゃないの。リクトこそ朝からわたしのこと睨みつけて態度悪かったじゃない。」
「それは職場では律子さんは先輩だし、気軽に話し掛けたりなんてできるはずないでしょう?」

拗ねたように顔を背けるリクト。
え?

「なんかリクトのその態度意味わかんない。」
「なんでそんなに鈍いんですか、律子さん。」
「なにがよ。」

わたしのなにが鈍いと?
仕事だって完璧にこなしてるし、人間関係だって至って順調よ。

「職場で、男たちに熱い視線を向けてられてるって気づいてます?」
「はあ?だれが。」
「律子さんが。」
「・・・・・・。そんなわけあるはずないじゃないの。何バカなこと言ってんの?」
「・・・本気で言ってるんですか?」
「いや、リクトこそおかしいわよ。」
「律子さん・・・。」
「な、なによ。」

リクトはいきなり脱力するとわたしの腕をひっぱって自分の体に抱き寄せた。
「え、ちょ、ちょっと。」
昔よりも数段大きく、しっかりとしたその体に、わたしは改めてリクトの成長を感じてしまった。

「もういいです。律子さんがここまで鈍いとは思ってもみなかった。」
「はあ?ど、どうでもいいけどなんでこんなこと。」

ぎゅうっと力を入れられて抱きしめられるのは決して嫌ではなかった。むしろ心地いい。
こんな風にわたしの体ごと全部受け入れてくれる人なんて今までいただろうか?
女ではかなり長身のわたし。そのわたしを包み込めるリクト。
「ねえ、身長伸びたよね。」
「ええ、かなりね。」
「海人よりも大きいでしょ?」
「大きいですよ。」

出会った頃よりも随分と変わったリクト。
女の子は、大人になると変わるって言うけれど、男の子だって同じだ。
がっちりしてるし、なんというか・・・頼もしい体つきになったというか。
わたしは変わっただろうか。
あの頃よりも・・・大人になっただろうか。

「ごめん、本当は海人のことずっとひきずってたのかもしれない。だって、別れをはっきり告げられたわけでもなく、無視されつづけて離ればなれになったし・・・それで結婚した、なんて聞いたらやっぱりショックだった。あの時はあの時のわたしなりに本気だったから。」

どうしてだろう。なぜか突然わたしは自分の中の素直な気持ちをリクトにはきだしていた。
リクトの体の温もりがあまりにも優しかったからだろうか。
「でもね、今はもう本当に好きじゃないのよ。」
「わかってますよ。でも、律子さん・・・なかなか前に進めないんでしょう?」

図星だ。
きっとどこかでわたしはこだわっている。
顔が良くて仕事もできて・・・完璧な男をさがしてしまうのは、わたしより優位に立つ男ならば、わたしがどうあっても勝てない相手ならば、もう海人の時のことのようにはならないだろうって、そう思っていたから。
女は男よりも勝ってはいけないのだと、あの日強く思ってしまったから。
男のプライドを壊すような女は、ダメなのだ。
女はかわいいほうがいい。
少しぐらいドジで・・・一生懸命で。
分かってる。
男はみんなそんな女の子が好きだから。
でも、わたしはそんな風にはなれない。
だからこそ、地位も名誉も既に持ってる人を・・・って。

でも、それだけでは人を好きにはなれない。

「実は、僕、律子さんに話しておきたいことがあるんです。」
「え?」

あまりにも真剣な声色に変わったリクトの声に、わたしは思わずリクトの顔を見上げた。



   






   



inserted by FC2 system