秋風そよぐ






「柚葉ー!!」
6回目のコールでやっとつながった相手にわたしは思いっきり叫んでいた。
久しぶりに柚葉のマンションへやってきた。
突然きたのは悪かったわよ。
でもね、でも。
『どしたの、律子、そんな大声で。耳、痛いんだけど。』
「あんた、いつの間に引っ越したのよ!アンタのマンション行ったら別の人が出てきて大恥かいたじゃないの!!」
『・・・え、いや、ええっと!?律子、今もしかして酔ってる?』
「ええ、酔ってるわよ!酔ってるけど何!?アンタわたしに内緒で引っ越したわね!!」

お酒が入っていなければもう少し冷静に話ができていたかもしれなかったけれど、柚葉のマンション訪問→部屋には別人→黙って引っ越し→新住所未報告、という事実がなぜか許せなかった。
柚葉は同期で、会社に入ってからの付き合いだから、わたしの過去の男関係は全く知らない。想像はしているかもしれないけど。
何も知らないこそ、このわけもわからない気持ちを聞いてもらいたかった。

自分のことでいっぱいいっぱいだったわたしはケータイの向こう側で柚葉が、柄にもなく動揺しまくっていることに全く気づかなかった。



わたしはタクシーを拾うと、勢いよく乗り込み、言いにくそうにぽつりぽつり新しい住所を話す柚葉の声を復唱するようにしてタクシーの運転手に告げる。
復唱しながら気づいた。
うわ、なに。
柚葉ってばけっこう会社から近いところに引っ越してる。
あの辺は家賃高いから絶対ムリとか言ってたのに。
社長秘書になってからそんなにお給料あがったのかしら!
そんなことをぼんやり考えながら、就職して3年目にもなると周りも色々変化していることに気づく。
美絵はいつまにやら結婚して妊娠までしちゃったし、柚葉は去年突然、社長秘書になって、忙しそうにしてるけど、ものすごくかっこいい女性になっている。
初めて会ったときはまだ学生気分の抜けない気楽なノリだった。
研修の時だって、部活の合宿みたいな感じで、夜になるとわいわいみんなで騒いで・・・楽しかったな。
いつまでもそんな日々が続くわけないけれど、少なくともわたしは自分のことを誰も知らない場所で、新しい友人が出来て、仲間が出来て、そのことがとても嬉しかったのを覚えている。
美絵と柚葉とよく3人で飲みにいって仕事のこととか愚痴ったりしてたなぁ。
今はもうできなくなってしまったけど。
さすがに人妻妊婦を酒場に連れて行けないし。


「つきましたよ。」

運転手のその言葉ではっと我に返る。
どうやら少しは酔いも冷めてきたかな。
わたしはお金を払うと、バッグをひっぱるようにして外に出た。

そして呆然と立ちつくしてしまった。

え!?

このマンション!?
いやいやいや。
え!?
でも、柚葉の言ってたマンション名、しっかり刻まれている。

何度も何度も確認した。
間違いない。
目の前にそびえ立つ高級マンション。
間違いなく、わたしはそこに立っていた。

その状況を把握するのにしばらく時間がかかってしまったけど、この次に起こる出来事にさらに驚かされることを、わたしはまだ知るはずもなかった。




オートロックの呼び出しをすると、間違いなく柚葉の声が返ってきた。
わたしはそのとき、郵便受けの表札でも確認しておけばよかったのだ。そうすればもう少し衝撃は少なかったかもしれない。

「いらっしゃい。」

笑顔でそう出迎えてくれたのは、間違いなく、うちの会社の社長。
一瞬部屋を間違えたのかと思った。

「・・・。」

声の出し方を忘れるわたし。

「な、な、ななに勝手に出てるんですか!やめてください春樹さん!」
「え、だってここ僕の家でもあるし?」
「驚くじゃないですか!」
「いいじゃない、どうせわかることなんだからさっさと教えてあげないとね。」
「うっ・・・。」

目の前で繰り広げられる痴話げんか。
なんなのでしょう、これは。
夢?
いやいや、目の前にいるのはわたしのよく知る二人。
まぎれもなくうちの会社の社長と社長秘書。

「柚葉!?」
「はいっ。」

わたしのやっとこさ出た声に柚葉が緊張気味に返事をした。
明らかに困ったような申し訳なさそうな顔をしている。

「どーゆうこと!?」
「こーゆうことなんだよ、北野律子さん。」

社長は柚葉の腰に手をまわし、身体を密着させて、笑顔でそう言った。




   




   



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